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連載

第25回 ひづめの音がきこえる

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 宇都宮へ。
 初めてのライブ。
 新幹線を使うとあっという間に着いてしまうので、普通列車で行こうと思ったが、旅情が出るので、新幹線で向かうことにした。
 北の方へ向かう新幹線の中で読める雑誌「トランヴェール」が好きだ。駅弁のコラムや、小説家のエッセイ、知らない地域の風習や街について。これを読むと旅情が少し出る。
 新幹線の中では缶コーヒーとベルギーワッフルをよく食べる。コーヒーはタリーズのキリマンジャロ。サイズもちょうど良いし、香料が入っていない。あるいはドトールとニューデイズのコラボのコーヒー。しかしすべてのものが高くなった。ワッフルとコーヒーと新聞で600円くらい。新聞は日経を買うことが多い。あまり落ち込まなくて済むからか。ワッフル気分でない時は、ブラックサンダーを買う。
 宇都宮は近い。東京から日帰りも可能だ。だから今までライブをしてこなかったのかもしれない。しかし今回、ぜひ、と強くお誘いいただき、伺うことが決まった。新しくできた路面電車を見られるのも楽しみだ。
 駅に着くと、主催の方が車で迎えに来てくれていた。会場までは10分ほどか。今回はバーを用意してくれた。バーで歌うなんてとてもありがたい。少し雨が降っていた。駅からは新しい路面電車「ライトレール」が見えた。車体は黄色と黒のカラーリング。まるで蜂のようだ。これが駅と工業団地を結ぶ。今この時代に、鉄道が縮小していく時代に、新しいレールを街中に作った宇都宮。それだけで、心意気を感じた。

ピカピカの宇都宮ライトレール

 会場に着くとマスターがいた。少し強面で、そっけない感じがしておののいたが、お酒飲みますか、といきなり聞いてくれたので、心は和らいだ。マスターが買い出しに出たので、機材をいじり軽くリハ。大丈夫だろう。いったんホテルへ移動しチェックイン。体はイマイチだったので、ベッドに横になり、TVをつけるとバスケットボールの試合がやっていた。地元のTV局っぽいけど、NHKだったかもしれない。宇都宮のチームが出ていた。大きな大会の準決勝。なんとなくぼんやり、宇都宮ってそういえば強いバスケチームあったかも、と思い出した。そのチームの試合だった。会場も盛り上がってる。スポーツに力を入れてる市なのかもしれない。
 時間になったので着替えて靴を履き、出かけた。会場に着くとお客さんがたくさん。ありがたい。自分は集客力がないので、主催の方が集めてくれた。栃木のとある街が出てくる歌を作ってはいるが、実際に栃木で歌うのは初めてのことだった。お客さんはピザやポテトや、フードを食べながらライブを見てくれて、和やかに、時に熱く、ライブの時間は過ぎ去った。
 終わってマスターとカウンターで少し話す。どうぞ、とお酒を出してくれて。まだ緊張はしていたが、何かの拍子で競馬の話になり、一気に砕けた。オジュウチョウサンって知ってますか、と聞かれたので、もちろんです、と答える。オジュウチョウサンは障害競走(ジャンプして生垣を飛び越えたりするレース)で無類の強さを誇り、障害競走馬ながら、平地競走の最高峰、有馬記念にまで出た馬だ。話を聞くと、マスターのお兄さんは装蹄師(そうていし)で、なんとオジュウの蹄鉄を作っていたというではないか。驚いた。普段から大きめのリアクションをする方だが、この時はカウンターの椅子から少し飛び跳ねた。これ見てください、と言われ案内された方に行くと、ライブ中はまったく気づかなかったが、オジュウの蹄鉄が、壁に飾ってあった。お兄さんは他にも、エフフォーリアという強い馬の蹄鉄も手掛けていたという。なんでライブ前に言ってくれないんですか、競馬の歌3曲もあるんですよ、と言ったが、それにはマスターも苦笑いで。

オジュウチョウサンの蹄鉄。上は横山武史騎手のサインか

 装蹄師というのは、競走馬のひづめに蹄鉄を打ち付ける仕事だ。これがうまくハマらないと馬は痛いし、走りにくい。スポーツ新聞を読んでいても、ひづめが、蹄鉄が、とよく出てくる。バーのマスターのお兄さんが装蹄師。なんとも格好良い兄弟だ。今度は必ず、競馬の曲をやろう、そしてこの壁の蹄鉄について、MCで触れたい。すっかりご馳走になってしまい、店を後にした。
 別の場所で行われていた打ち上げに少し交ぜてもらい、宿へ戻った。まだ夜は艶やかな芳香を残していたが、次の日は予定があった。

 朝、目覚めはイマイチだった。水を大量に飲み、タクシーで向かおうと思ったが、歩いても行けるんじゃないかという気持ちになり、歩き始めた。5月半ば、すでに蒸し暑く、また水を買った。途中、目的地はかなり遠いところにあるのでは、と思い始めた。まったく着く気配がしないのだ。この山道を行けば近いのか、と獣道を行こうとしたが、バスが通る道の方が確かだろうと、ひたすら歩いた。30分ほど歩き、ようやく目的の建物らしきものが現れた。大きな門のところに警備員がいて尋ねると、入場門はぐるっと回って裏側とのこと。ふうと大きなため息をつき、歩く。

目的地、宇都宮競輪場

 やっと着いた目的地、宇都宮競輪場は山の上にあった。大きな階段を登り、入門。日曜日ということもあり、沢山の人がいた。引退したばかりの地元のレジェンド、神山雄一郎も来ていて、彼が走るエキシビションレースがあるので、さらに賑わっていたのかもしれない。それにしても驚いたのは客層だ。老若男女、かなり幅広い客がいたのだ。休日のショッピングモール、は言い過ぎかもしれないが、野球や他のスポーツの観戦並みではないかと思った。ふと前日に見たTVのバスケの試合を思い出した。やはり栃木、宇都宮はスポーツに力を入れているのではないか。小さい頃から自転車競技に親しんでいて、これもスポーツ観戦の一環として受けいれられているのか。ともかく、雰囲気は和やかであった。家族連れ、夫婦、友人、若者ら。子供たちも沢山いる。普段競輪場にいるオヤジたちの方が、劣勢であった。間違ってもここは「賭場」である。これが最先端の賭場の在り方なのか。地元のエース、眞杉匠を見に来たが、前日の準決勝で失格となったため、姿すら見られなかった。最終レースまで十分に楽しんで、山を降りた。帰りはバスに乗った。
 
 駅まで行くと荷物を預けているホテルが遠くなるので、ひとつ手前で降りた。降りるとちょうど目の前に喫茶店があった。ここが渋い店だった。水を運んでくれた女将さんが、おすすめは炭火のアイスコーヒー、と言った。えーと、ホットで、と返したが、いじわるで言ったのではなく、胃の調子がまだ復活していなかったので。新聞をペラペラめくっていると、新規の若い男女が入ってきた。女将さんが、おすすめはアイスコーヒー、他じゃなかなか飲めないわよ、と言った。女性は、じゃあアイスコーヒーを、と言った。男性は、僕はコーヒーが飲めないのでメロンソーダを、と言った。すると女将さんが、あら、コーヒー飲めないの、お子ちゃまね、と言った。一瞬ひやっとしたが、男性は傷ついている感じがなかったので、少し安心した。
 店を出る時に、せっかく宇都宮に来たのでおすすめの餃子屋ありますか、と女将さんに尋ねた。あんた、餃子なんてどこで食べても一緒よ、くらい言われるかと思ったが、外に出て丁寧に道案内をしてくれた。女将さんの指のさす方へ、とりあえず向かってみた。

渋い喫茶店。昔の職人が作ったのよ、と女将さん

  つづく

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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