imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

第23回 出勤する花

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 毎年必ず花は咲く。

 世田谷の梅丘でイベントがあり、参加した。
 昔住んでいた街。正確にはもう少し北の方だけど、駅の近くにある羽根木公園にはよく行っていた。夜、ギターの練習をすることもあった。
 ある時、ベンチに座ってギターを弾いていると、おじさんが見ているのに気がついた。少し離れたベンチから、こちらを見ていた。50代半ばだろうか、自分はまだ、23歳くらいだったと思う。おじさんは遠くのベンチから、近くのベンチに移動した。そして隣のベンチへとやってきた。俺の歌でも聴きたいのか? そう思った。当時、自作の曲は数曲しかなかった。どんな曲を演奏し、歌っていたのだろう。おじさんは、拍手をした。で、話しかけてきた。いつもここでギターを弾いているのか? そんなことを聞かれたかもしれない。たまにですね、そう答えたのだと思う。それからおじさんは自分の娘の話をし始めた。よくできた子で、いい学校に入った。今は高校生だ、と。適当に相槌を打っていたが、突然話題は変わった。ここでいやらしいことをしないか。そう提案してきたのだ。秋だったか、春だったか。もしかしたら、梅が咲いている、そんな季節だったのかもしれない。

羽根木公園の梅

 梅が咲いて桜が咲くと、一気に夏へと移行する、近年はそんな感じがする。新緑の季節や、梅雨が短い。今年はそんな短い春に、イベントを打つことにした。イベント名は「出勤」。1週間平日毎日同じライブハウスに通ってライブをするという試みだ。

   ライブは夜が多い。たまに昼、夕方、というのもあるが、基本は夜だろう。なぜだろう、とぼんやり考えていた時に、あれ、朝って誰もやってない、そんな考えが浮かんだ。これは面白い。朝ライブだ。たまに地方のホテルとかに泊まっていると、朝の集会や、朝セミナーのようなことをやっている人たちを見かけることがある。出勤前の時間を有効に使う「朝活」なんて言葉も何年か前から目にするようになった。この時間帯にライブをしてみよう。時間は7時から、あるいは7時半。お客さんは来るかわからないが、面白いからいいではないか、そう思った。

出勤表。5日で15ステージ

   ライブはピンポイントでこの日の夜、ということが多く、なかなか時間が合わないことが多い。気軽に見てみたい、というアーティストは何人かいるけど、見に行けていない。もっとふらっとミュージシャンがライブをしてくれていたらなあ。そんな想いも、このイベントをやるきっかけとなった。朝昼夕夜、時間帯を色々設ければ、どこかで見ることはできる。昔好きだった、平日の映画館のがらんとした感じ、ああいうのもいい。時間帯を4つに区切り、それぞれに名前をつけた。朝はもちろん「朝活」だ。

 前日の夜に機材や楽器を搬入して、初日は始発で会場へ向かった。まだ夜が残っていた。会場に着くとライブハウスのスタッフはもう来ていて、準備をしてくれていた。喫茶店のモーニングみたいのやりましょうよ、というリクエストにも楽しんで応えてくれた。実際はかなり大変だったようだが……。ホテルのバイキングなどでかかっていそうなCDを持っていき、それをかけてもらった。雰囲気はバッチリだったが、声がやはりすーっとは出なかった。軽くリハをして、裏で着替え。お客さんはコーヒーを頼む人が多かった。オーダーの声が待機場所で聞こえるので、それでわかった。そしていざ本番。スーツのお客さんもけっこういたとあとで聞いた。自分は歌う時目をつむって歌うので、あまりお客さんの方を見られない。仕事前に「朝活」ライブ。このふざけた試みを楽しんでくれる人たちがいるのがありがたかった。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。