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連載

第19回 日立

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 ライブハウスを作ったのでライブをしに来て欲しい。
 ありそうで、あまりない、誘いだ。
 茨城県の日立市に出来たお店からの誘いだった。
 メールで詳細を詰め、日立へ向かうことになった。
 2025年新年一発目のライブだった。

 東京駅から特急に乗った。自由席がないのがイラッとくるが、前に電車好きの人が、昔は特急は全部指定席だった、前に戻るだけ、と言っていたのを思い出し、気持ちを落ち着かせる。
 向かいのホームに綺麗な車体をした列車が停まっていた。「踊り子」だ。何年か前に「サフィール踊り子」になってからまだ乗っていない。電車が来るまでしばらく見とれていた。

サフィール踊り子

 ホームに入ってきた特急「ひたち」に乗り、日立を目指す。車内では何をしていたか。覚えていない。電車は70分ほどで日立に着いた。駅を降りると、ホームから少し海が見えた。階段を登り踊り場に出ると驚いた。ガラス張りの建物から、外が一望でき、海が一面に広がっていた。記念写真を撮る人たちがいて、ここは名所なのかもしれない。1月の冬の海は紺碧で、人は影になり、ハッと息を呑む。改札を抜け、海側のエスカレーターを降りると、磯の香りがした。冷たい風が吹いた。

日立駅構内

 目的地の会場まで少し距離はあるが、街の様子を見たかったので歩くことにした。喫茶店のひとつくらいあるだろう。海と反対側の出口から出て、駅前のメイン通りを歩く。春は桜並木になる、と立て看板に書いてあった。
 しばらく歩くが、茶店はないし、商店街、という感じでもない。プリントアウトしてきた地図を眺めるが、まだ目印の交差点に辿り着いていないような感じがする。もう少し歩くと、ようやく交差点に着いた。お店はもうすぐそこだ。しかし、入りの時間までは2時間近くある。とりあえずコーヒーを飲もう。周りを少し歩くと、あった。純喫茶。ただ、なぜだ、改装中……。ついてない。潔くあきらめ、他を探した。
 お店の周辺を歩くも茶店はなかなか見つからない。その途中、ライブのポスターが街の色々なところに貼られているのを目にした。もう営業していない、取り壊されそうなビルのガラス窓。麻雀屋のドア。昔は栄えていたのだろうな、という街並みの中に、これから行われる自分のライブのポスターがある。ありがたいなぁ、と静かに気合いが入る。

街の中にポスター

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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