第5回 大村
前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)
長崎ライブの翌日、イベント企画のU氏と茶店で落ち合った。
「ツル茶ん」というこれまた気になっていた喫茶店。
メニューを見ると長崎名物のトルコライスがある。長崎滞在3日目だが、まだ食べていない。

しかし腹はまったく減っていなかった。モーニングを食べていたのだ。悔しい。コーヒーを頼む。この日はライブがなかったので、そのまま長崎に留まるか、次の日のライブ地である福岡に前乗りするか、考えた。U氏のスマホで地図を見させてもらう。長崎から福岡へ行く途中に大村という地名が見えた。大村。たしか祖父(じい)さんが育った街。大村で昔働いていた、ということも知っていた。それから大村ボート。そう、大村ボートは競艇発祥の地なのだ。ボートレースは数えるほどしかやったことがないが、そそられた。車で武雄に戻る途中なのでU氏は連れて行ける、と言ってくれる。これしかない。その場で大村の宿をおさえてもらい、荷物を車に詰め込んだ。
この日は曇り。11月30日。途中休憩で寄ったコンビニの外も寒かったが、大村ボートに着いた時の冷え込みはそれ以上だった。建物の中に入ってレースの予想をした。おそらく改修工事をしたのだろう、建物はピカピカだった。暖かいし、水お茶の無料サービスは二日酔いにはほんとに助かる。紙コップに水を入れ、そこにお湯を注ぐ。それを何杯も飲んだ。
着いた時はちょうど3レース目だったか。U氏は2レースほど買って、先に帰って行った。早くもデータの特性に気づき当てそうになっていたが、惜しかった。私はまったくダメで、こんなに当たらないのにどうして競輪や競馬を続けているのか不思議だ。
いつかは特大ヒットをと狙っているが、この日もまったくダメであった。ボートは6艇で競われるが、たった6艇の舟の着順、1、2、3着を当てるのも難しいのである。向いていない。でもやめようとは思わないのも不思議で、それがギャンブル依存症というやつなのか。依存症がどういうものなのか詳しくは分からないが、自分の場合は大した金はかけない、だから、ギャンブル依存症に注意して程々に遊びましょう、みたいなポスターを見かけても、へーくらいにしか思わない。もしかしたらこれがもう依存状態なのかもしれないが……。
何よりも賭場の雰囲気がしっくりくるのだ。建物、場所、風景。そこにいる人間たち。一様にゴールを目指しているが、果てがないようにも感じる。風を切る、そして風をつくる。ぼーっと生きていても、気づかないうちに自分の重さに耐えられなくなる時がある。そんな時、賭場に吹く風は、その重さを引きはがしてくれる。体の中を駆け抜けて吹き散らしてくれる、そんな感じがする。

建物の中は暖かかったが、外に出ると非常に冷たい風が吹いた。

大村ボートは大村湾の中で行われているので、目の前にあるのは海だった。潮の香りがする。そして目を凝らすとそこかしこに魚が泳いでいた。

よく見えないけど魚がいます
いざレースになるとボートのエンジンがけたたましい音を立てる。これに魚はどう対処するのか。興味が湧いてレース中魚を見てみることにした。結果は、まったく動じていなかった。10メートルくらい先を、ものすごい音を立てて6艇のボートが走っていったが、魚はゆったり泳いでいた。あの音は水の中には聞こえないのか。
しかし寒い、寒すぎる。最終レースまでやっていたら夜も更けてしまう。無料送迎タクシーの時間を聞き、それに乗って大村駅へ行くことにした。

タクシーは相乗りで男性が1人先に乗っていた。競艇は難しいですね、と話しかけると、競艇は大きいの当てようとするとダメですね、配当がカタいですから、それを取って重ねていくことですね、と返してくれた。あのおじさんにいつか再会する時が来るのだろうか。人生というのは風のようなものなのかもしれない。大村駅で別れた。
大村駅は初めてだった。ここにほんとに祖父さんが住んでいたのだろうか。祖父さんの背中を探そう、そう思った。駅舎は古く、木造だった。これがよかった。建物が木造なだけで、そこにいる女学生たち、タクシーに風情が出てくるから不思議だ。

ライブを2本終えて、連日深夜まで酒を飲み、正直疲れていた。宿に向かう。途中商店街で立て看板があった。「ここは江戸時代『本陣』があった通りです。大村は、小倉から長崎に通じる長崎街道の宿場町でもありました」と書かれている。

歴史がからっきしダメな自分だけど、小倉に4日前いたので、少し興味が湧いた。小倉競輪から大村ボート。賭場を線で結ぶと、何か見えてくるものがあるのかもしれない。なかなか宿に辿り着かないので宿に電話を入れる。もうすぐ近くです、と詳しく道順を教えてくれる。
ようやく宿に入りチェックイン。部屋の窓から黒い海が少し見える。風が強い。疲れていたので街に繰り出すのもキツイなと思ったが、祖父さんの背中、と思い少し仮眠をとり、街へ出てみることにした。
大村の街はこぢんまりとしていたが、夜の店はけっこう開いていた。ネオンも艶っぽく、これは飲み屋に辿り着けるだろうと思った。しかし寒い。耐えられるか。駅から歩いてきた道を戻り、宿でもらった周辺マップを眺めながら、歩くと、店の前に1人の女の人がいる。空を仰いでいる。ここだ。1人なんですが入れますか。あ、今ちょうどお客さん見送ったところ、どうぞ、と。よかった。構えもどしっとしていてカウンターも綺麗、もしかしたら高いかもしれないと思いつつ、まあ死ぬことはないだろう、ということで堂々と入店。
カウンターのネタケースに新鮮な野菜や肉、魚が入っている。女将さん1人で切り盛りしている店らしい。自分から年齢を教えてくれた。80代だった。見えない。美しい魚の刺盛り。ありがたくいただく。色々な話をしてくれた。店を作った頃の話、バブルの頃の話、寝る前に必ず感謝をする、という話。沁みた。毎日飲酒は欠かさないとも言っていた。カウンターの上にウィスキー、カティーサークの瓶が置いてあった。これをうすーくして毎日飲むの、と。1杯だけと言っていたか。試してみて、と1杯ご馳走になる。締めに良い。女将さんの話が、すーっと体に沁み渡る。
すっかり気分が良くなってしまったが、さあ帰ろう。最後に祖父さんのこと、と思い、マエノって姓のお知り合いいますかと尋ねたが、なんか聞いたことあるけど、くらいであまり話に乗り気ではなかったので、無理には話さず、帰ることにした。支度を始めたが女将さんがこれ見て、と写真を取り出した。昔のゴルフコンペの時の写真かな、と3、40年前の写真を見せてくれた。美しい。花束を抱えている。真っ赤な口紅を差して、口元は閉じているが、目はうっすらと微笑んでいる。祖父さんの背中は見えなかったけど、大村という街が、少し近くなった気がした。
翌朝起きて窓を開けると、黒かった海は濃い青色をしていた。

祖父さんと話した記憶はほとんどない。旅の理由付けにして失礼したが、1軒の飲み屋がそっと、次の季節へと送り出してくれた気がした。