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連載

権威主義体制――個性と混乱を嫌う政治

第18回

吉田徹(同志社大学教授)

 ロシアのウクライナ侵攻から1年以上が経ち、この間、「権威主義」や「権威主義体制」あるいは「専制主義」といった言葉が多く聞かれるようになりました。一体、政治で「権威主義」とは何を意味するのか。この概念はわかりやすいようで、実際にはわかりにくいものでもあります。権威主義と独裁制、あるいは全体主義など、これらが具体的にどう違うのかと問われれば、返答に窮することでしょう。

「権威主義体制」という言葉が、政治学で定着するようになったのは1970年代のことです。これには、幾つかの時代背景があります。ひとつは、戦前のファシズムのような「わかりやすい」政治体制ではなく、民主主義と全体主義の中間にある、グレーな政治体制が多く残存していたり、新たに生まれることになったりしたからです。西南ヨーロッパでも、スペインやポルトガルといった国では、定期的な選挙がありつつも、戦前・戦中からの伝統主義的で抑圧的な指導者による支配が続きました。また、中南米では、ブラジルやアルゼンチン、メキシコ、あるいはアジアでもシンガポールや民主化以前の韓国やフィリピンなど、反共主義を特徴とする権威主義体制が多く見られました。現在ではそのような政治体制はさほど見られなくなりましたが、中東の多くの国や2000年代以降のロシアは依然として権威主義体制にあるとされています。

「権威主義体制」という言葉を広めた著名な政治学者の一人、フアン・J・リンスは、以下のように権威主義体制の特徴をまとめています。(1)特定のイデオロギーに基づかないものの一定の精神的な指針を持つ(=統治原理を持っている)、(2)政治的多元性が制約されている(=司法やメディアの独立性が低い)、(3)政治的動員には消極的(=人々にあまり政治に関心を持ってほしくない)、(4)特定の指導者ないし集団が統治する(=指導者が掲げる原理のみが正統)、(5)権力行使の範囲が明確ではない(=法の支配の欠如)の5つです。

 戦前・戦中のファシズムやナチズムは極端なイデオロギーを掲げ、国民を積極的に動員したのに対し、権威主義体制はそうした特徴を持っていません。他方で民主主義体制が保証する政治的な多元性(司法の独立や複数政党制)があるかと言えばそうではなく、法の支配も部分的に過ぎない――こうした政治体制をどのように名付けたらよいのかという観点から編み出されたのが「権威主義体制」という概念でした。注意しなければならないのは、これらはいずれも「政治体制」として特定されるものであり、統治手法の特徴――権威主義的であるかどうか――とは異なることです。

 政治体制を分類する上で難しいのは「名は体を表さない」、すなわちこうした政治体制が自らのメカニズムを筋道立てて説明するわけではないため、飽くまでも民主主義に生きる私たちがその異なる性質から、その特徴を認識し、命名するしかないということです。例えば、北朝鮮の正式名称の「朝鮮民主主義人民共和国」には「民主主義」が入っていますが、私たちの基準からすれば民主主義国ではありません。

 それでは、こうした権威主義的な体制はどのように生まれるのか、どのような特徴を持つのか、どのように機能するのかを3本の映画でもって見ていきましょう。

今回紹介する3作品のDVD。左から『THE WAVE ウェイヴ』(発売元:アットエンタテインメント)、『チリの闘い』(発売元:アイ・ヴィー・シー)、『サルバドールの朝』(発売元:CKエンタテインメント)

『THE WAVE ウェイヴ』――人はいとも簡単に権威に従う

『THE WAVE ウェイヴ』(デニス・ガンゼル監督)は2008年に公開され、ドイツ国内で同年の興行収入首位となったドイツ映画です。なぜこの映画がそこまでの注目を浴びたのかと言えば、「権威主義体制はいとも簡単に作ることができる」という意外性にあったからでしょう。

 舞台は、とある高校。型破りな高校教師ベンガーは、本当はアナーキズムについての授業をするはずが、手違いで独裁について教える破目に陥ります。また第三帝国とナチズムについてのいつもの話か、と当の生徒たちは飽き飽きします。「もうドイツで独裁はあり得ないとでも?」「当然です、時代が違います」――教員が危機意識を持ってもらおうとするのに、生徒は全くもって自分事として捉えてくれないという、よくある授業の一コマです。

 ベンガーはそこで一計を案じて、教室で守るべきルールを作ることを決定します。ベンガー自らを指導者として認めること、規律を守ること、団結すること、他のクラスと競争すること、などです。元来、自由だった服装も、家庭環境の違いを隠すために白シャツを着ることが決められます(これだけを見ると日本の学校教育とあまり変わらないかもしれません)。

 こうした一体感の醸成は効果てきめんです。生徒たちは仲間内の人間を助ける一方で、自分たちと異なる集団とことごとく対立するようになります。最初は「独裁」が何かを実験的に示すための授業だったものが、教師ベンガーも自分が崇め奉られるようになり、生徒たちの振る舞いに引きずられるようになっていきます。そのことに恐怖を覚えたベンガーは、この実験のための集団を解散しようとしますが、生徒がその事実を受け入れようとしないことから、悲劇で終わることになります。

映画『THE WAVE ウェイヴ』より

 実は、この映画は1967年にカリフォルニア州のカバリー高校で実際に行われた授業をもとにしており、やはりナチズムが何であるかを生徒に理解させることに苦労したロン・ジョーンズという歴史教師が行った実際の実験からヒントを得たものです。ちなみに、日本でも同様の実験が甲南大学の田野大輔氏によって行われ、反響を呼びました(内容は同著『ファシズムの教室』〔大月書店〕にまとめられています)。

『自由からの逃走』で有名な社会心理学者エーリッヒ・フロムの理論を証明するためのアメリカで大規模な意識調査に基づく1950年の「権威主義的パーソナリティ論」や、1963年の「ミルグラムの実験」(他人に電気ショックを与えるよう指示されると被験者はほぼ例外なくそれに従うというもの)などもそうですが、戦後に実現した民主主義社会にあっても、人々は状況に応じていとも簡単に権威主義的な振る舞いをするようになる――指導者に従順になる、自分と同じ属性を持たない者を排斥しようとする――という事実は、社会に強い衝撃を与えました。社会心理学者のジョナサン・ハイトは「ミツバチ・スイッチ」と呼びますが、人は集団で行動したがり、そして集団で行動するようになると、自分に大きな力が宿ったかのように知覚するとされます。それがまた権威主義がいかに普遍的で、偏在的かの説明でもあります。

 

『チリの闘い』――民主主義が崩壊するとき

 さて、現実の権威主義体制はどのようにして生まれることになるのか。アメリカの政治学者エリカ・フランツの調査によると、1946年から2010年にかけて250の権威主義体制が世界で新たに生まれ、その約半分は権威主義体制から同じ権威主義体制への移行であり、他方でその3割弱は民主主義体制が倒されることで誕生したと数えています。なお、残りは国の独立をきっかけに誕生しています(『権威主義』白水社)。

 このうち、民主主義から権威主義体制への移行は軍事クーデタであることが少なくありませんが、なかでも最も知られている事例は、1973年9月11日のチリクーデタです。この時、チリ軍は、選挙で選ばれたアジェンデ政権を武力でもって転覆、その後1989年までピノチェト軍事独裁政権が続くことになります。このクーデタの背後にはアメリカの支援があったことも知られており、2001年の同時多発テロと並んで「もうひとつの9.11」とも呼ばれる出来事です。

 このクーデタの前後の展開を子細に追うのは、南米が誇るドキュメンタリー監督のパトリシオ・グスマン『チリの闘い 武器なき民衆の闘争』(1975-78)です。この作品は、クーデタに至るまでの経緯を「ブルジョワジーの叛乱」(1975年)、「クーデター」(1976年)、「民衆の力」(1978年)の三部作でもって、丹念に追ったドキュメンタリーで、目の前で生起しつつある事件を同時並行で記録した、政治作品の名作でもあります。

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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