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連載

暗殺――なぜ政治家が狙われるのか?

第17回

吉田徹(同志社大学教授)

 2022年7月の参議院選挙の只中に起きた安倍晋三元総理の銃撃事件は、世間に強い衝撃を与えました。その後、犯人の動機やカルト宗教との関わり、さらに元総理の国葬問題などに焦点は移るようになりました。ただ、一国の政治家、それも首相経験者が一般市民に銃撃されるという出来事の重大さは特筆に値します。日本では、1960年に社会党の浅沼稲次郎委員長が刺殺されるという事件がありましたが、先進国では首相級の政治家が殺されたのは1978年にイタリアのモーロ首相以来、未遂事件を入れても1981年のアメリカのレーガン大統領暗殺未遂事件以来、初めてのことだったからです。民主主義国家において政治家が暗殺されるというのは、それだけ珍しいことであり、看過できないことなのです。
 では、人はどういう時に政治家を殺めようとするのか、その動機はどういうものなのかを3本の映画を通じて想像してみることにします。

今回紹介する3作品のDVD。左から『リンカーンを殺した男』(発売元:20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン)、『リチャード・ニクソン暗殺を企てた』(発売元:アートポート)、『タクシードライバー』(発売元:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)

『リンカーンを殺した男』――国の象徴となる政治家

 アメリカの歴史では、4人の大統領がいずれも銃で暗殺されています。1963年にダラスで銃殺されたケネディ大統領暗殺は知られていますが、それ以前にも1901年のマッキンリー大統領、1881年のガーフィールド大統領、そして1865年には第16代大統領だったエイブラハム・リンカーン大統領が暗殺されています。
 このリンカーン暗殺の一部始終を事実に基づいて描くのが『リンカーンを殺した男』(エイドリアン・モート監督、2013年)です。製作総指揮は、リドリーとトニー・スコット兄弟ですが、2012年に他界したトニー・スコット監督が関わった実質的な最後の作品ともなりました。面白いのは、リンカーンの遠戚に当たるトム・ハンクスがナビゲーター役を務めていることです。
 リンカーンは1865年の4月15日に亡くなりますが、それは前日夜にワシントンの劇場で戯曲『われらのアメリカのいとこ』鑑賞中に、ジョン・ウィルクス・ブースという人物に背後から撃たれたことでした。このブースは、イギリス出身の俳優一家に生まれ、本人もシェイクスピア劇の役者として名が知られていた人物でした。夫人に見守られながら昏睡したままの大統領は、翌朝7時22分にその死亡が確認されました。

リンカーンの葬儀(1865年)

 リンカーン大統領の名は、日本でも奴隷解放を実現した人物として知られています。その奴隷の地位をめぐって起こったのが南北戦争(1861―65年)。ヨーロッパでは19世紀半ばまでに奴隷制はほぼ廃止されていましたが、アメリカではプランテーションや農業が盛んな南部の州を中心に奴隷は経済のために欠かせない存在としていました。奴隷制は、南部にとって人権の問題というよりも、経済の問題だったのです。
「奴隷制は、正義への愛とは対照的な人間の身勝手さの象徴だ」と、大統領になる前の1854年にリンカーンは述べています。彼が奴隷制廃止の公約を掲げて大統領に就任すると、「奴隷州」と「自由州」の対立が深まり、南部の州はアメリカ連邦から脱退、これが南北戦争勃発のきっかけとなります。奴隷解放と南北戦争をめぐってリンカーンが深く苦悩したことは、スティーブン・スピルバーグ監督の『リンカーン』(2012年)でも描かれました。この戦争は、二度の世界大戦でのアメリカ軍のそれぞれの戦死者数を上回る戦死者を出したことでも知られていますが、現在でも反ワシントン(連邦政府)のシンボルのひとつが南部連合旗であるように、今でもアメリカ社会の分断の源になっています。
 自らの暗殺計画を知ったリンカーンはこう言います。「ホワイトハウスのドアは昼夜万人に開かれている。私の命は誰の手にも届く。殺人者の手により死ぬのは、一度だけだ。しかし恐れ続けて生きるのは死ぬのに等しい」。高徳な人間であることを欲し、またアメリカでそうした共和主義を広めることを使命としていたリンカーンらしい言葉です。
 暗殺者ブースは、南部連合のひとつであるメリーランド州出身だったこともあったのでしょう。「この国は白人のもので黒人のものではない」と、現代でいう白人至上主義と変わらない言葉を吐き、リンカーンを倒すことで南北戦争を終わらせようと目論見ます。つまり、ブースが企てたのは半ばクーデタでした。彼は仲間4人とともに、未遂に終わったものの、副大統領と国務長官暗殺も計画していました。劇場から逃走したブースは、南部連合支持者たちの助けを得ながら約10日間にわたって逃亡を続けますが(この時に史上初の写真入り指名手配書が配られた)、騎兵隊に発見され、首を撃たれて数時間後に息を引き取りました。一味も全員が軍事法廷の場で死刑となりました。
 中には彼をかくまったメアリー・サラットという、アメリカで初めて女性として死刑となった人物も含まれます。彼女を主人公の1人にした『声をかくす人』(ロバート・レッドフォード監督、2010年)という映画もあります。これは北軍の復讐心がいかに執拗だったのかを告発する作品ですが、『リンカーンを殺した男』の中でトム・ハンクスもこう言います。「暗殺されるとリンカーンの評価は一転し、殉教者として神聖視されるようになりました。一方、暗殺者は貶められました」。
 他方で、逃亡中のブースは、自分は英雄になったのだと、日記に記します。一般的に政治テロを行うのは、世の中は間違った方向に進んでおり、それを糺したいという信念のためとされます。ただ、いつの時代も、歴史は複雑な因果から成り立っています。それでも、戦争や暗殺はそうした複雑な背景を覆い隠し、勝者の目線でもって語られることになるがゆえに、殺された犠牲者は国民の一体感のシンボルとなっていきます。リンカーンは、今日でもアメリカ人から最も尊敬される大統領の1人であり、その姿はワシントンの記念堂のみならず、5ドル札や切手でも拝むことができます。命を失った政治家は、本来であれば、このようにして統合の象徴となるものでなければなりません。

 

『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』――「一粒の砂」が力を求める

 そもそも、直接の接点がないにも拘らず、なぜ人はその国の指導者を殺したいと思うのか。その手掛かりを与えてくれるのは実話をヒントにした『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』(ニルス・ミュラー監督、2004年)、暗殺者のビックを演じるのは、頼りない男を演じるなら右に出る俳優はいないであろう、ショーン・ペンです。
 妻に三行半を突きつけられ、家具店のしがないセールスマンであるビックは、職場の上司からのハラスメントもあり、自ら起業し、成功をつかむことを夢見ます。その背景には、誰しもが成功者であることを運命付けられ、消費社会が進んでいった1970年代のアメリカがあります。「私のボスは私でしかない。(略)従業員というのはこの国の新しい奴隷なのです」――クラシック・ファンのビックは、自分の想いを彼が崇める世界的指揮者バーンスタインに向けてずっとテープに吹き込んでいきます。「教えてください、バーンスタインさん。アメリカンドリームをつかみたいのです。(略)それが高望みですか?」。
 もちろん、彼が目指すアメリカンドリームは成就しません。「正直なビジネスがしたい」といって嘘の申請によって申し込んだ事業融資は断られ、妻や最後の頼みの綱だった兄からも見放され、あらゆる承認と自尊心を失った彼は、ある事件にヒントを得て飛行機をハイジャックして、ホワイトハウスに突入するという計画に打って出ます。

映画『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』より

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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