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連載

敵対心――相手と同じ論理にはまる罠

第16回

吉田徹(同志社大学教授)

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、早くもほぼ半年が過ぎようとしています。ポスト冷戦時代の国際秩序を大きく変更した侵攻日の「2.24」は、世界史的な出来事として歴史に刻まれることになるでしょう。
 2014年のウクライナ東部侵略とクリミア半島の併合に続き、22年2月24日にロシアがウクライナへと軍を進めたことは、世界に大きな衝撃をもたらしました。現状秩序の変更を狙うロシアに対し、アメリカはもちろんのこと、イギリスやフランス、ドイツなどのEU諸国も強い非難声明を出すとともに、経済制裁をいち早く敷き、日本もそれに連なりました。
 もっとも、ロシアに対する敵対心から、制裁は金融や貿易面だけではなく、もっと広範な形で広がりました。侵攻があってから、東京ではロシア料理店への嫌がらせが相次ぎ、またこうしたことから、例えば北海道の札幌大学は、デモや嫌がらせを危惧して書店でのロシア文学のパネル展の延期を決定しました。
 こうしたロシア文化そのものへの攻撃は日本に留まりません。プーチン支持者として知られる世界的指揮者のゲルギエフ氏は、各地での公演が中止されたばかりでなく、自身が首席指揮者を務めるミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団を解雇され、有名なソプラノ歌手のアンナ・ネトレプコ氏などは、メトロポリタン歌劇場での出演がキャンセルされました。ゼレンスキー大統領がオンライン招待された今年のカンヌ映画祭では、ロシア映画代表団の参加が禁止され、またテニスのウィンブルドン大会を始め、多くの国際競技でもロシア人選手の出場が禁止されるようになりました。
 しかし少し考えてみれば、ロシア文化やロシア人をいくら追放したところで、資金源を断つのでない限り、ウクライナ侵攻を止めることにはなりません。そして、何よりも、ウクライナ文化を否定し、西欧文化を論難するプーチンのロシアと同じ論理にはまっていることに気付くべきでしょう。相手を否定しようとして、相手と同じ土俵に立ってしまうことの無益さや理不尽さをどのように考えたらよいのか。このことを、今回はアメリカを舞台にした3本の作品を通じて確認してみます。

今回紹介する3作品のDVD。左から『マーシャル・ロー』(発売元:20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン)、『ダークナイト』(発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ)、『ランド・オブ・プレンティ』(発売元:アスミック)

9.11の「予言」――『マーシャル・ロー』

『マーシャル・ロー』(エドワード・ズウィック監督、1998年)は、2001年のアメリカ同時多発テロを「予見」した映画として知られています。それは、NYがテロに襲われるという脚本だったからというだけではなく、その後の対テロ戦争の根本的な矛盾を指摘したものだからでもあります。
 作品では、NYを次々と襲うテロ事件を中心に描かれます。最初のテロはバスジャック事件。現場にデンゼル・ワシントン演じる主人公のFBIハバード捜査官が駆けつけるものの、実際にはペイント爆弾が爆発するだけのフェイクのテロでした。ところが、この事件を機に、その後、実際のバス爆破テロ、ブロードウェイでの劇場爆破、さらに小学校での立てこもり事件と、街はたて続けにテロ事件に襲われます。

映画『マーシャル・ロー』より

 犯行声明は出されないものの、それまでの状況証拠からイスラム原理主義者によるものと思われる一連のテロに対して、アメリカ社会はパニックに陥り、イスラム系市民に対するヘイトクライムが多発するようになります。テロ対策を協議するなかで、ある上院議員は「動物愛護協会のルールで猛犬は抑えられない。猛犬と戦うのは猛犬だ」と、超法規的介入を求めます。
 しかし、対策に当たるFBIビルの爆破テロがあり、組織がほぼ全滅したことから事態は大きく変転、NYに戒厳令(「マーシャル・ロー」)が敷かれ、アメリカ陸軍が投入されることになります。指揮にあたるデブロー将軍(ブルース・ウィリス)は、「我々は攻撃された。米国領土内での戦争、新しい形の戦争だ」と宣言、市内のアラブ系市民数千人を無条件でNYスタジアムに拘束します。
 ナチスの冠学者となったドイツの公法学者カール・シュミットは、既存の秩序が崩壊した「例外状況」で秩序を取り戻すためには、超法規的措置が必然的に求められることになると説きましたが、展開はその論理をなぞるものでもあります。
 もっとも、テロリストをあぶりだすために拷問を用いる場に居合わせたハバード捜査官は、これを見て叫びます。「奴らの本当の狙いがこの国を混乱させることだったとしたら? 軍を出動させ、国民を不安に陥れ、法と憲法は破られる。彼を拷問したら我々が命をかけて戦ってきたことすべてが無になる。そして奴らが勝つのだ、いやもう勝っている!」―― 展開が早く、複雑なプロットを持つこの作品の筋書きすべてを記すことはできませんが、なぜこの映画が9.11を予見したのかの本質がここに現れます。
 まず、ブッシュ政権が推し進めた「テロとの戦い」は、アフガニスタン、そしてイラク侵攻によって拿捕(だほ)した戦争捕虜数千人を、キューバにあるグァンタナモ米軍基地に拘束し、国内法の規定が及ばない取り扱いをしたことでも知られています。「武器の間では法律は沈黙する」という古代ローマの格言がありますが、「例外状況」を前にした時、既存の法秩序は崩壊することになるのです。
 もうひとつは、テロの原因はアメリカが中東に介入した結果であり、自ら招いた災いであることが描かれていることにあります。周知のように、9.11を起こしたアル・カイーダと首謀者ビンラディンは、もとを辿ればソ連のアフガン侵攻に際してアメリカが支援したタリバーンを出自としていました。この映画でも、NYで連続テロが起きた原因は、アメリカの中東への介入にあることが徐々に明らかになります。映画は1998年に公開されたものですが、それまでのアメリカをつぶさに見ていれば、こうしたことが理論的に起こりうるということを予期した監督と脚本家(ピューリッツァー賞受賞者のロレンス・ライト)の明晰さは見事としかいいようがありません。
 ただし、現実と大きく違うのは、最後にデブロー将軍が拷問殺人の罪状でハバードに逮捕されることかもしれません。ハバードは逮捕時に将軍にこういい渡します。「あんたには黙秘の権利がある。裁判を受ける権利もある。拷問されず殺されぬ権利もある。これはタリク(テロリスト)から奪った権利であり、先人が戦いとった権利だ」。
 ここで我々も自身に問うべきでしょう。敵対する者を否定するために、その相手と同じ手段を用いることが倫理的に許されるのかどうか、それはもしかしたら相手の思うつぼではないのか、ということを。

 

「狂気」を退治するもの――『ダークナイト』

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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