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連載

湿地に住み着いてくれてありがとう 〜アオイトトンボ

第101回 

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 軒下に吊るされた干し柿が、西日に照らされて橙色に光っています。仰木(おおぎ)の在所では今でもこのような長閑(のどか)な光景を時々見かけます。
「光の田園」には、里山の再生を目指している「めいすいの里山」があります。ここは棚田と雑木林が隣接する谷津田という環境なのですが、周りの木々が冷たい風を防ぐせいか、草はやや黄ばんでいるもののこの時期でもまだまだ元気に茂っています。めいすいの里山には、湿地があります。ここは、山水が入り込み、適度な流れもあるので、さまざまな水生生物が利用しています。

めいすいの里山にある湿地。(撮影:今森元希)

 生きものたちがすっかり影を潜めた晩秋の湿地で、元気よく飛んでいるトンボがいます。それはアオイトトンボです。アオイトトンボはイトトンボの仲間ですが、他の種類と違って翅(はね)を半開きにしてとまります。近い種類には、コバネアオイトトンボとオオアオイトトンボがいます。コバネアオイトトンボは、以前は琵琶湖周辺でも見られたのですが、近年では絶滅が危ぶまれる種類になってしまいました。もう一つのオオアオイトトンボの方も、全国的には減少しているトンボだといわれます。

アオイトトンボの複眼は、青くて美しい。(撮影:今森元希)

 この2種に比べると、アオイトトンボはもっと分布が広く普通に見られるといわれています。しかし、光の田園界隈では最近アオイトトンボには出会わなくなり、むしろオオアオイトトンボの方をよく見かけます。これは彼らのライフスタイルが関係しているようです。
 オオアオイトトンボは木の枝に産卵します。産卵管が発達していて堅い樹皮の中に差し込むことができます。仰木では、田んぼの土手の柿の木の枝に連結したカップルがとまっているのをよく見かけます。柿の枝の真下は確かに田んぼなのですが、産卵時期の晩秋には藁が散らばっているだけで水はありません。卵はそのまま越冬し、幼虫が孵化する翌年の4月に田んぼの水入れがなされます。まるでそのことを予知しているかのようで、ほんとうに不思議な生態です。稲作のリズムと見事に歩調を合わせて生きている、そんな感じがします。
 一方、アオイトトンボは、スゲの仲間をはじめとする水草に産卵します。湿地で誕生して、夏の間は水域を離れて茂みの中に移動するものの、秋には再び水草のある湿地に戻ってきます。

湿地で交尾するアオイトトンボ。(撮影:今森元希)

 アオイトトンボの暮らしには、農薬が流れ込まない湿地が欠かせません。40年くらい前は田んぼの圃場(ほじょう)整備がまだなされていなかったので、晩秋でも水が溜まっている田んぼが各所にあり、水草が繁茂していたものです。しかし現在、一年を通して水草が茂る湿地となると、いったいどれだけあるでしょう。仰木周辺の田園地帯を見回しても思い浮かびません。これがアオイトトンボにあまり出会わなくなった原因だと思われます。
 そうした中でも、めいすいの里山の湿地を目ざとく発見して住み着いてくれたアオイトトンボたちに、心からありがとうと言いたいです。

めいすいの里山にあるススキの野原。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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