imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

石仏のある風景

第92回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 冬のこの時期、晴れると比良山地(ひらさんち)の峰は銀色に光ります。先日は大寒波が訪れ、麓の方まで真っ白になりました。こんな風景は一冬に数回くらいしかありません。100年以上前は冬の間の比良山地は真っ白なのが当たり前だったようですから、昔に比べると気温が高くなっているのは確かなようです。

山全体が白くなった比良山地。(撮影:今森元希)

 比良山地の峰に雪が積もると、石仏散策に出かけたくなります。訪れるのは、大津市仰木(おおぎ)から伊香立(いかだち)界隈の近場です。30年くらい前まではまだ圃場(ほじょう)整備の工事がなされておらず、このあたりには数多くの石仏がありました。農道の脇や田んぼのあぜ道などに点々と鎮座していたのです。

仰木に昔からある石仏のひとつ。背後は、クヌギの古木と一里塚。(撮影:今森元希)

 石仏にはこんな思い出があります。里山の取材で棚田を歩き回っていた頃、夕刻の帰りがけに、ふと見ると棚田のあぜに楕円形の石が寝ていました。一抱えほどあるその石は、すべすべしていて座り心地が良さそうです。私は疲れていたこともあり、カメラを横に置いてお尻をつけました。刹那、下の田んぼで仕事をしていたお婆ちゃんが血相を変えて駆け上がってきました。そして私に向かって、「あんたはんが座っているのは、お地蔵さんや!!」と大声で怒鳴ったのです。私は、驚いて立ち上がりました。そして、お婆ちゃんに言われるがままにその石を裏返して立てると、何と石の裏から仏様の顔が現れたのです。私は仰天しました。
 それ以来、里山で石を見つけると、注意深く観察するようになりました。そのおかげで、私の写真作品の中にたびたび野仏が登場することになったのです。

仰木にあるヤマザクラの古木と石仏。(撮影:今森元希)

 やがて、仰木周辺に田んぼの区画を広げる圃場整備の工事の波が押し寄せてきました。圃場整備の取り組みは、耕作しづらい田んぼに希望を与えるものなので目の敵にはできないのですが、便利になる反面、美しい曲線をもっていた田んぼのあぜが直線になるなど、穏やかな風景がなくなってゆきます。
 また、田んぼの水をいったん抜き取って、必要な時にポンプアップする合理的な水の使い方に変わってゆくと、水を拠り所に暮らしていた生きものたちのすみかが奪われてゆくことにもなりました。そんな生きものたちと運命を同じくして、野仏たちも姿を消していったのです。野仏のその後の行方は、神社やお寺などにまとめて移されたということですが、美しい風景の中にあった野仏を知っている私にとっては、やはり惜しいというしかありません。
 オーレリアンの丘を整備したときにも、数体の石仏がでてきました。それらは、親しい農家の人と話し合って、昔にあったであろう場所に戻しています。

このような小さな社もたくさん見られる。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。