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連載

エキゾチックな香り 〜ジャコウアゲハ

第85回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 雲の切れ間から顔をのぞかせる太陽の光が、真夏の扉を開けようとしています。今年の梅雨明けはいつ頃になるのでしょうか。
 クヌギの古木、通称「やまおやじ」のいる雑木林、「萌木(もえぎ)の国」は、冬に伐採してから春には新芽が吹き出しました。その頃は清々しい様相をしていたのですが、わずか3カ月の間に枝々が成長し、下草も大人の背丈ほどに伸びてブッシュの状態です。そろそろ下草刈りをせねばなりません。

草が茂った、夏の萌木の国。(撮影:今森元希)

 こんな頃、明るい雑木林を黒いアゲハチョウが時々横切っていきます。クロアゲハにしては飛び方が優しげです。よく観察すると、尾状突起が長く、ヒラヒラとたなびいているように見えます。全体的には、スマートな感じがします。
 下草に翅を休めた時にそっと近づくと、それはジャコウアゲハでした。この蝶はアゲハチョウの仲間ですが、クロアゲハやアゲハチョウとちがって、出会えるのは局地的です。オスの翅は真っ黒で、メスの翅は黄土色がかった灰色から暗めの灰色をしています。胸部から腹部にかけて赤い模様が見られるのも特徴です。

すっきりとスマートな姿をしたジャコウアゲハのメス。(撮影:今森元希)

 ジャコウアゲハの幼虫の食草は、ウマノスズクサです。この植物は有毒のアリストロキア酸を含み、それが幼虫の体内に蓄積されます。成虫になっても体内に毒成分が残るため、鳥などもジャコウアゲハを捕食しません。体の赤い模様は、天敵への警戒色だといわれています。
 ウマノスズクサの葉をちぎると臭いにおいがするのですが、ジャコウアゲハも体に触れると一風変わったにおいがします。エキゾチックな麝香(じゃこう)の香りにも似ているので、この名前がついたのでしょう。
 ウマノスズクサが生えているのは、雑木林ではなく田んぼの土手や空き地など何気ない場所です。私が今までにウマノスズクサを一番よく見かけたのは墓地です。墓地は砂や山土など水はけの良い土壌であるのと、空間が広く日当たりも良いため、ウマノスズクサにはもってこいの環境のようで、旺盛に繁殖します。こうした場所では、タイミングが良いとたくさんの幼虫が見つかります。ただし、黒い体に白い帯のある風変わりな姿のイモムシなので、誰もアゲハチョウの仲間の幼虫だとは思わないでしょう。

ジャコウアゲハの幼虫は独特の姿をしている。(撮影:今森元希)

 実は、ジャコウアゲハは、熱帯アジアに生息するトリバネアゲハ(トリバネチョウ)の仲間と近い種類です。だから幼虫の姿は、トリバネアゲハにそっくりなのです。私はこれまで、マレーシアやインドネシアでたくさんのトリバネアゲハに出会ってきたため、ジャコウアゲハの幼虫を見ていると、その時の熱い興奮が蘇ってきます。
 梅雨明け間近の湿度の高い微妙な季節に現れる、熱帯の異国からやって来た天使のような蝶、それがジャコウアゲハなのです。

ピーナッツ色をしたジャコウアゲハの蛹。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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