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連載

小さな命のシグナル 〜ノアザミ

第83回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 田植えのピークを迎えています。田んぼの水面には空の雲が映り、小さな早苗が風にそよぎます。この時期の「光の田園」は何とすがすがしいことでしょう。「光の田園」とは、滋賀県大津市仰木(おおぎ)にある棚田エリアで、私が長年通っている浅い谷間です。アトリエもこの谷に面しているので、私は長年、定点的にここの風景を眺めてきたことになります。

田植えの頃の「光の田園」。(撮影:今森元希)

 5月はアマガエルやシュレーゲルアオガエルの合唱で心が癒やされます。そして、数ある初夏の花の中で視覚的に晴れやかな気持ちにさせてくれるのは、ノアザミではないでしょうか。
 ノアザミは里山ならどこにでも見られますが、近年は花が見られる場所がだんだん少なくなっているように思います。田んぼの土手やあぜ道などに多い植物ですが、区画整備などで田園全体が乾燥してしまうと姿を消してしまいます。草原の植物なのですが、やや湿った場所を好むようです。その点、昔ながらの田んぼは1年を通して山水をたくさん含んでいるので、ノアザミにとっては天国のような場所なのでしょう。
 アトリエの土手や「オーレリアンの丘」では、毎年たくさんのノアザミが咲いてくれてうれしくなります。ノアザミが咲いていると、蜜を求めてさまざまな昆虫がやってくるので心がワクワクします。私にとってこの花は、小さな命に出会えるシグナルのような役割をしているようです。

土手に群生するノアザミ。(撮影:今森元希)

 アトリエではキンポウゲの黄色い花に交じってノアザミが咲きます。ノアザミを目指して早朝真っ先にやって来るのは、ダイミョウセセリという蝶です。セセリチョウの仲間なのですが、翅(はね)を広げた珍しい独特のポーズで蜜を吸います。その後、アゲハチョウの仲間やヒョウモンチョウの仲間が続々とやって来ます。
 ひっそりと花にしがみついているのは、キリギリスの幼虫です。こちらは、蜜よりも花粉がお目当てのようです。接近してよく見ると、大顎を動かして雄しべをしごいて食べているのがよくわかります。マルハナバチやコハナバチやミツバチなどの花蜂の仲間も集まって、1日中せっせとノアザミの花で何やら仕事をしています。

ノアザミにやって来たダイミョウセセリ。(撮影:今森元希)

 太陽が山の稜線に姿を隠し、辺りがほの暗くなってくると、ノアザミの花が紫色に見えてきます。黄昏時の青い光が混ざり合うからでしょうか。この時間帯のノアザミもとても綺麗です。周辺の景色が暗くて見えづらくなった時に花の一つ一つをよく観察すると、何とこんな時間にもお客さんが来ているではないですか。ホバリングしながら長い口吻(こうふん)を伸ばしてしきりに蜜を吸っています。これはコスズメという蛾です。こんな時間にノアザミを眺めている人は少なく、日没後の生き物の行動が見られるのは私にとっても貴重な体験です。
 ノアザミは春の終わりから初夏をつないでくれる重要な植物。大切にしたいものです。

ノアザミの花粉を食べるキリギリスの幼虫。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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