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連載

琵琶湖の豊かさの象徴 〜カラスガイ

第75回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 田んぼが黄色く色づいてきました。この時期は、畦道(あぜみち)が緑色のベルト模様になって浮き上がるのでとてもきれい。秋の始まりのすがすがしい風景です。
 まだまだ日差しが強い琵琶湖の砂浜で、カラスガイの殻を見つけました。カラスガイは淡水に生息する二枚貝で、私が小学生の頃は、波打際に打ち上げられたたくさんのカラスガイに出合ったものです。私は「琵琶湖の匂い」という表現をよく使うのですが、この匂いというのは、カラスガイが死んだ時に発する腐敗臭なのではないかと思うことがあります。昔の琵琶湖の岸辺では、どこでもこんな臭みのある匂いが漂っていました。その匂いは、単に臭いのではなく、私にとっては期待感のある匂いなのです。たくさんの魚が獲れる所では必ずこの匂いがしたので、豊かさの象徴でもあります。

浜辺に打ち上げられたカラスガイ。(撮影:今森元希)

 カラスガイによく似たドブガイという種類もいます。どちらも大きくなると手のひらくらいになりますが、ドブガイは琵琶湖の中よりも、波が直接当たらない用水路やため池の方に多く見られます。
 カラスガイやドブガイを食用とする地域もありますが、私の住んでいる地域では昔から食べる習慣がなく、大きいだけの役に立たない貝という扱いでした。同じ場所にセタシジミという大変おいしい貝がたくさんいたので、相手にされなかったのでしょう。セタシジミは佃煮(つくだに)にしたり、お味噌汁に入れたり、毎日のように食卓に出てきました。

カラスガイはこんなに大きい。(撮影:今森元希)

 ところで、カラスガイのような大型の二枚貝に産卵する魚がいるのをご存知でしょうか。それは、タナゴの仲間です。かつての琵琶湖には、ニッポンバラタナゴをはじめとする何種類ものタナゴがいました。私が子供の頃は、在来魚ではないのですがタイリクバラタナゴという種類の全盛時代で、琵琶湖、河口、小川など、それこそどこにでも見られました。今は数が減ってしまいましたが、当時は魚釣りに行くと、真っ先に釣れるのがタイリクバラタナゴでした。ニックネームは「ボテ」で、「ああ、またボテが釣れた」といった具合です。ボテはコイやフナに比べて味が悪く、近江の人たちは見向きもしませんでした。一度だけ祖母がボテを煮てくれたのですが、苦くて食べられませんでした。
 けれども、この外来種のタナゴの容姿は素晴らしく艶やかで、特に繁殖期に婚姻色が出て体が虹色に光っているオスの姿には思わず見入ってしまいます。子供の頃、釣ったタナゴを眼の前にしてあまりの美しさに言葉を失ったことを覚えています。その感動を再現したくて、タナゴを水槽で飼ったこともありました。タナゴは、熱帯魚にも劣らない魅力をもっている魚だと思います。
 近年、タナゴの仲間が激減したのは、外来魚がタナゴの幼魚を食べてしまうからとも言われますが、私はカラスガイなどの大型の二枚貝が激減したことも大きな要因ではないかと考えています。
 カラスガイが以前のように琵琶湖にたくさん戻ってくることを願うばかりです。

初秋の琵琶湖の浜辺。(撮影:今森元希)

黄色くなった棚田。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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