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連載

愛すべき比良山地

第72回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 木々の緑が濃くなってきました。雨が降ると、葉に当たった水滴がざわざわという雨音を奏でます。この奥行きのある響きは、都会では決して味わえないものです。
 こんな梅雨時でも、お天気がよいと私のアトリエの裏から比良山地(ひらさんち)を眺めることができます。比良山地は、琵琶湖周辺では私の一番好きな山系で、住むんだったら窓から比良山地が見えるところ、という願望がかねてよりありました。
 この山は私にとって生活の中に溶け込んでいて、毎日見ています。今日のお天気を知るにもまず比良山地に目を向けます。山頂に雲がなければ雨は降りません。逆に、中腹まで灰色の雲に覆われていたら、たいがい午後から天候が崩れます。風は山から琵琶湖に向かって吹くことが多く、とにかく山の顔色を見ていればお天道様のご機嫌をうかがえます。

比良山地から眺める琵琶湖の風景。(撮影:今森元希)

 比良山地は、標高1000メートル超の山が15個くらい集まってできています。山地全体は、南北に20キロメートル、東西に15キロメートルくらいです。山塊としては決して大きくないのですが、独立した山地であることと、琵琶湖に近いのでそそり立っているように見えることから、たいへん存在感があります。湖の対岸から眺めるとその姿は一幅の絵のようで、特に冠雪した姿は近江八景のひとつにも数えられます。湖東には、東海道新幹線が走っていますので、関東から京都に向かう列車の中でからも出会うことができます。

琵琶湖の湖東からの遠望。(撮影:今森元希)

 最高峰は、標高1214メートルの武奈ヶ岳(ぶながたけ)。山頂近くの峰にはブナやミズナラの森があり、目に染みる鮮やかさで登山者を迎えてくれます。
 私もよくこの山に登りました。十数年前までは、ロープウェイとリフトを乗り継いで山頂近くまで行けたのですが、今は廃止されています。学生の頃は、麓から2〜3時間かけて自力で登山し、ロープウェイの始発に乗ってくるお客さんより早くミズナラの森に到達することが目標でした。
 比良山地は、ミズナラなどの広葉樹が多く、豊かに自然が息づいていて、珍しい昆虫が暮らしています。中でもミドリシジミの仲間は種類にも数にも恵まれて、関西でも有数の採集地として知られていました。ミドリシジミの仲間は、ほとんどが早朝に活動するので、ロープウェイに乗って昼前に到着しても意味がないのです。それに登山道は広くないため、たくさん人が来ると捕虫網を振り回すこともできなくなってしまいます。そんな緊張感も今となっては懐かしい思い出です。

「オーレリアンの丘」からは、正面に比良山地が見える。(撮影:今森元希)

 こんなふうに言うと健脚者しか比良山地を味わえないのかと残念に思う人がおられるかもしれませんが、蓬莱山(ほうらいさん)という山の頂の近くまではロープウェイを利用することができます。この峰にはスキー場があり、飲食やテラスなどの設備が整っているのでおすすめです。
 愛すべき比良山地は、今日も悠々とそびえています。

仰木の棚田から眺める冬の比良山地。(撮影:今森元希)

 *写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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