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連載

春の花の微笑み 〜カタクリ

第69回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 空気が少しずつ春めいてきました。田んぼの土手もほんの少し緑がかって見えます。褐色の枯れ草のすき間から新しい葉が広がりはじめているのでしょう。
 アトリエの雑木林では、可憐なカタクリの花が咲き出しました。淡いピンク色のこの花を目にすると、春の喜びが全身に染み渡ります。この雑木林は南に面していて日当たりが大変よいため、他の場所より2週間くらい早く蕾(つぼみ)をほころばせます。
 カタクリは北方系の植物なので、温暖な地域に属する琵琶湖の南部では残念ながら見られません。以前、仰木(おおぎ)(滋賀県大津市)でも野生のカタクリの花が咲いていたという報告がありましたが、どうやらショウジョウバカマの間違いだったようです。

アトリエの雑木林に咲いたカタクリの花。(撮影:今森元希)

カタクリと間違えやすいショウジョウバカマ。(撮影:今森元希)

 アトリエに咲くものは、30年以上前に湖北(滋賀県高島市マキノ町)にある「萌木(もえぎ)の国」から数株だけ私が移植したものです。それが年月が経過し、アリなどによって種子が運ばれ、次第に増えていきました。萌木の国というのは私が30年以上前から管理している雑木林のことです。この林には、数多くのクヌギの古木があったのですが、当時、ある事情で撤去されようとしていました。それをなんとか維持したいという思いで2ヘクタールほどの森を買い取って保護しています。
 萌木の国のある場所は広大な河川敷で水はけがよく、クヌギやコナラの森が続いていました。かつてはシイタケ産業もさかんで、理想的な雑木林管理がなされていた場所です。冬になると雪が積もり、雪解けの春はみずみずしい風景を見せてくれます。そんな所にカタクリが群れて咲いていました。

花が咲く前のカタクリの葉。(撮影:今森元希)

 カタクリは、滋賀県では北部地方だけに分布しますが、福井県やそれに続く石川県、富山県、新潟県などでは普通に見られるのですから、なんとも羨ましいかぎりです。
 何年か前、山形県に取材に出かけた時、田んぼと雑木林が連なる美しい里山に出会いました。そこには足の踏み場もないくらいカタクリが咲いている光景が広がっていました。ふと林の中に目をやると人影があり、顔をすっぽり覆った完全防備をして、軽々とした足取りで山の中に入っていきます。あとを追っていくと、3人の農家のご婦人たちがかがんで何かを採りはじめました。
 山菜採りの人たちのようですが、手元を見て驚きました。採っていたのはカタクリだったのです。地上に顔を出した茎と葉を、指を伸ばしてポキっと折っては籠に入れてゆきます。その動作はすごく速く、瞬く間に籠いっぱいになりました。尋ねてみると、お湯に通して、いろいろな山菜と同じように味噌和えなどにして食べるそうです。滋賀県ではカタクリの群落があれば保護をしたくなるほど貴重な場所ですが、北国ではカタクリはごく普通の山野草だったのです。
 カタクリの花を見つけると、私は顔を地上に近づけて見上げたくなります。そうすると、うつむき加減のこの花が微笑んでくれるように思えてきて、なんだかうれしくなってきます。

3月の「オーレリアンの丘」の土手。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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