imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

北国の清らかさ 〜コブシ

第57回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 太陽の光が暖かくなってきました。毎年のことながら、この季節になると胸が希望で膨らんで明るい気持ちになります。
 春の訪れを待っていたかのように花を咲かせる植物はたくさんあります。そんな中で、純白の花を咲かせるコブシはこの季節に欠かせない存在です。刻々と変化する繊細な光に透ける絹のような花びら。はかない春の日の一瞬を心から楽しませてくれます。
 コブシは私のアトリエでも花を咲かせますが、滋賀県大津市界隈で自生しているのは山間部に限られます。夏場はほとんどその存在に気づかないのですが、早春には比叡山(ひえいざん)の山面(やまづら)に点々と白い姿が目立つようになります。コブシは3〜4月頃に開花時期を迎え、昔から種まきや田植えなどの農作業を始める目安とされてきました。針葉樹が多いこの山でコブシが見られるのは、田植えの始まりを知らせる木ということもあって大切にされてきたからなのかもしれません。

コブシの花は純白で美しい。(撮影:今森元希)

 琵琶湖西岸に広がる湖西を北上して比良山地(ひらさんち)にさしかかると、コブシの数は少しずつ多くなります。さらに進んで湖北地方まで来るとコブシは普通に生えていて、人家に近い平野部にも見られるようになります。
 琵琶湖の周りの積雪がある場所では、タムシバも自生しています。タムシバはコブシによく似ていますが、花がコブシほど密にならないのと、葉に毛が少なくツルツルした感じなので区別できます。それから、園芸種として人家の庭などに植えてあるハクモクレンもよくコブシと間違えられます。こちらも似ていますが、ハクモクレンの方が花はやや大きく、花びらも分厚く感じます。また、花弁がコブシは6枚、ハクモクレンはがくが似た形をしているため、9枚あるように見えることでも見分けることができます。

アトリエで咲いたコブシ。(撮影:今森元希)

 滋賀県の北部地域にある雑木林に撮影で通っていた頃、林縁に咲くコブシによく出会ったものです。雪がとけたばかりの雑木林の林床は、水分を含んでこげ茶色をしています。雪の重みで落ち葉は扁平になり、いろいろな植物が顔を出してくるのを待っています。遠くに視線を向けると、福井県との県境にある野坂山地に残雪が輝いています。まさに「北国の春」を思わせる光景です。コブシに出会うと、これから数々の生きものに出会える期待と、清々しい風景の思い出が蘇ります。

早春の雑木林ではコブシが目立つ。(撮影:今森元希)

 コブシの花は高所に咲いていることが多いので気づきにくいのですが、晴れた日にはいろいろな生きものたちがやってきます。まずは、ヒヨドリ。彼らは、花びらが目当てです。けっこう乱暴についばんでは飛び去ります。それを何度も繰り返すので、花の数は毎日減ってゆきます。ちょっと残念ですが、美味しそうについばんでいる姿を眺めていると、「しょうがない」と思ってしまいます。
 昆虫たちもたくさんやって来ます。何種類かのハナアブが飛び交っているのをよく見ます。コガネムシもやって来ますが、こちらは雄しべが目当てなのかもしれません。
 アトリエの雑木林は湖北地方の風景をモデルにしたので、コブシもぜひ植えたいと思いました。現在、アトリエの敷地にはコブシが2本、タムシバが1本あります。そのうちの1本は高さ10メートルくらいに成長し、毎年花が満開になります。
 今年もそろそろ開花の季節。風で揺れるコブシの蕾から、白い花びらがのぞいています。

春がやって来た光の田園。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。