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連載

琵琶湖とトンボ 〜チョウトンボ

第50回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 うだるような暑さが続いています。アトリエ周辺では今年の夏は高温になる日が多く、野外を散策する時には熱中症の対策が必要です。
 私は真夏になると琵琶湖の浜辺によく足を運びます。真っ青な空に白い積乱雲が立ち上っている風景もきれいなのですが、私のお目当てはトンボたちです。アトリエから一番近い岸辺は天神川河口で、それほど広い場所ではないのですが、砂浜が広がっていてヨシ原もあり、タチヤナギの大木も見られます。雄琴湾(おごとわん)につながっているので波は静かで、いろいろな水鳥にも出会えます。

天神川河口の浜辺の風景。(撮影:今森元希)

 このような環境はトンボたちの楽園です。特に、ある程度の深さのある池を好むトンボたちにとっては好都合なのです。ここで見られるトンボはすべて平野に生息している種類です。平野は山間部に比べて水質が悪化しやすいため、全国的にトンボの種類数は減少していますが、琵琶湖の周辺は水域が豊かなので多くの種類が見られます。渓流と違って河口や湾は、止水性のトンボの宝庫です。
 止水性のトンボをまず挙げるとしたら、チョウトンボでしょう。チョウトンボは色のついた大きな翅(はね)を持つ、名前のとおりチョウのようなトンボです。飛んでいる時は、風に乗るようにフワフワと優雅に舞っています。オニヤンマのように颯爽(さっそう)と通り過ぎるのではなく、いつまでも同じ所で揺らいでいます。その姿はまさにチョウのようです。
 こんなにのんびりしたトンボなのですが、子どもたちの捕虫網の中に入ることはめったにありません。高所を飛ぶということもありますが、池の中央を舞っていることが多いので網が届かないのです。チョウトンボは深い池を好むので、人が近づくことができません。子どもの頃は遠い存在でした。
 一度だけ、水辺のヨシ原で羽化したばかりのチョウトンボを発見したことがあり、その姿を間近で見て翅の美しさに息を呑みました。藍色の中に金属色の緑色が複雑に交じり合い、まるで宝石のような輝きを放っていたのです。こんなに美しいトンボなのに、人の目にあまり触れることなく暮らしているなんて、自然というのは何と奥深いのでしょうか。

美しい翅を輝かせるチョウトンボ。(撮影:今森元希)

 琵琶湖のトンボをもう1種類挙げるとしたらウチワヤンマです。尾の先がヘラのように広がっていて、呼吸をするたびに動きます。まるで団扇(うちわ)をあおいでいるようにも見えます。ウチワヤンマは岸辺にもやって来て、枝や棒杭(ぼうくい)の先端によく止まるのでけっこう接近はできるのですが、このトンボもなかなかのくせ者。上段の構えから捕虫網を振り下ろして捕らえようとすると、網は枝に引っ掛かり見事に破れてしまいます。何度悔しい思いをしたことでしょう。
 琵琶湖の岸辺では、暑さに負けずに、今日もトンボたちが飛び交っています。

夏の琵琶湖。背後にくっきり見える山は比良山(ひらさん)。(撮影:今森元希)

羽化したばかりのオオシオカラトンボを見つけた。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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