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連載

葉を巻く芸術家

第23回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 木々の葉が美しい季節です。雑木林を歩いていると、コナラやクヌギの柔らかい葉が光を通し、林の中の空気を緑色に染めています。背後からは、ハルゼミの「ギーギー」というしわがれ声が響き渡り、奥深い自然の中に誘ってくれます。初夏へ移ろいゆくひとときを演出してくれる、かけがえのない生命たちです。

新緑がまぶしい5月のアトリエ。

 この時期、風が吹くとヘナヘナとよれてしまいそうな広葉樹の葉を目当てにやってくる昆虫がいます。それはオトシブミの仲間たちで、体長10ミリに満たない、ゾウムシに似た小さな甲虫です。たくさんの種類がいて世界には約1000種類もいるそうですが、日本にはそのうち20種類以上が生息しています。
 オトシブミの特徴は、広葉樹の若葉を巻いて揺籃(ようらん)、すなわちゆりかごを作ることです。メスは脚や頭部を使って器用に葉を巻いて葉巻状に仕立て、作業の工程の中で卵を産みます。そして、揺籃の中で孵化した幼虫は、その葉を食べて成長します。
 子供のためのゆりかごが完成すると、メスは葉脈を切り取ってそれを落下させます。昔の人は、密やかに手紙を渡したい時、巻物をさり気なく落として相手に拾わせました。この置き手紙を「落とし文」と言い、オトシブミという名前はこれにちなんでいます。何とも風流なネーミングです。
 ただし、種類によっては揺籃を落とさないものもいますし、切り落とす時と葉に付けたままの時がある、気まぐれな種類もいます。

葉を巻いて揺籃を作ったヒメクロオトシブミ。

 オトシブミのことに関心が出てくると、雑木林の縁に続く農道の散策が楽しみになります。オトシブミの種類によって環境や好みの樹種が異なるので、発見しようという意欲が湧いてくるのです。私のアトリエのアプローチは雑木(ざつぼく)が多いので、まさにオトシブミの楽園。庭に入るとすぐにあるのがモチツツジで、この若葉を巻くのはヒメクロオトシブミです。漆黒の体に黄色い脚を持っているのが特徴で、小型の種類ですが巻く葉のレパートリーが広く、コナラやナツハゼなどの葉も巻いてくれます。
 アプローチをしばらく進むと、白い花をたわわに咲かせるエゴの木があります。エゴの葉には、エゴツルクビオトシブミが集まります。このオトシブミはエゴの葉を巻く専門家。オスは、“鶴首”の名前のごとく細長い首を持っています。全身真っ黒で、漆塗りのような艶(つや)があるのでなかなか品格があります。

エゴの葉にとまるエゴツルクビオトシブミ。

 他にも、クリの葉が大好きなゴマダラオトシブミもいます。このオトシブミは、山吹色の地に黒斑をちりばめた美しい配色のおしゃれなオトシブミです。
 オトシブミが見られるのは、木々の葉が柔らかいうちだけで、梅雨空が広がる頃には影を潜めてしまいます。どんな種類の生き物も、観察ができるのは一年を通じてほんのわずかなひととき。出会いを大切にしたいものです。

アプローチの道も柔らかな緑に包まれる。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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