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連載

「里山」という言葉

第4回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 稲刈りが一段落すると、黄金色だった田園は黄土色に変わります。刈り取られた田んぼは、広場になっていて少しぐらいなら駆け回っても大丈夫。春のように水はありませんし、夏のように畦に草が覆い茂ることもありません。とにかく、果てしなく広い世界が続いているように感じます。私は、この涼風がそよぐ頃の田園が大好きです。

 田んぼや雑木林に通うようになって、私は、一つのことに気づきました。それは、撮影の被写体になる生きものがすべて、農家の人の営みと歩調を合わせているように見えることです。
 たとえば、有名なアキアカネは、春は水が張られた田んぼでヤゴの時代を過ごし、初夏、田んぼから水がなくなる直前にトンボの姿になって飛び立ちます。農家の人と示し合わせて暮らしているようにも思えます。ほかにも、アマガエルやゲンゴロウの仲間など、人といっしょに暮らしている生きものをあげたらきりがありません。
 生きものは、人が手を付けない自然の中に棲んでいると思われがちですが、実は、平野に棲んでいるほとんどの生きものが、人と共存して暮らしていると言えます。
 そこで、原生の自然の概念と違った、もうひとつの自然があるのではないかと思うようになったのです。それが、私の写真作品の軸になっている里山という空間です。
 里山というと、里にある山を想像されるかもしれませんが、この場合の山は、マウンテン(mountain)という意味ではなく、“のら”のことです。野良仕事の“のら”です。人が米や野菜を収穫したり、獲物の狩りをしたりして、エネルギーを得るところです。こうした農地は、千年以上にわたって、人間が独占するだけでなく生きものにも棲みやすい環境をつくってきました。ここでは、人も生きものも平等で、智恵を振り絞って生きています。「共存」と言うと、助け合って生きているように捉えがちですが、お互いに自立して、ちゃっかりと利用し合っている、と言った方がいいかもしれません。


 日本人にとっては、当たり前過ぎるほどの曖昧な風景をどのように表現しようかと、いろいろと考えました。1992年に『マザー・ネイチャーズ』という雑誌で、「里山物語」というタイトルで連載をはじめる時、私なりに定義をつくりました。それは、「【里山】原生の自然と人里をつなぐ、奥山、雑木林、人家など日本古来の農業環境のことをいう。」というものです。緩やかな境界線をイメージさせる里山という言葉を、どうしても使いたかったのです。この定義のおかげで、今まで漠然としていたものが、頭のなかですっきりと整理され、より明確なメッセージを放ちはじめたといえます。
 その後も、里山をテーマにした取材活動はつづきましたが、それと並行して、環境づくりの実践的な作業にも興味が膨らんでいきました。その欲望は、抑えることができず、とうとうアトリエづくりに発展してゆきます。

 

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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