第13回 犬童一心さん(映画監督/CMディレクター)
映画版・ドラマ版の『グーグーだって猫である』には、猫がストーリーを通して登場します。映像の中の猫を見るとき、猫好きたちは「どうやって撮ったのだろう?」と思いをめぐらせ、「この撮り方には無理がある」とか「猫本来の動き方ではない」とか、結構シビアな批評家になるものです。ところが、主役の猫のグーグーは実に自然で、その場にピッタリの表情までしているのです。こんなふうに猫を撮る監督とは一体、どんな人なのだろう? ぜひ会って話を聞いてみたい! です。
チャッピーだってグーグーだって猫である
加藤 まずは猫たちの紹介をお願いします。
犬童 こっちは「グーグー」。2008年に公開された映画『グーグーだって猫である』に出演したグーグー役の猫の孫を譲り受けました。オスで8歳です。もう1匹、今ちょっと隠れちゃってますが、「チャッピー」という12歳になるメスの三毛猫がいます。
加藤 グーグーはアメショー(アメリカン・ショートヘア)ですね。
犬童 そうです。『グーグーだって猫である』(以下『グーグー』)はもともと大島弓子さんのコミックエッセイですが、「グーグー」という名前の意味は「good good」で、いろいろな願いが込められているんです。すてきな名前だなと思って、そのまま付けました。
加藤 チャッピーとはどこで出会ったんですか?
犬童 『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年公開)という映画を静岡の御前崎で撮影していたときに、戦後最大級と言われた台風が上陸したのですが、その最中、外でずぶ濡れになっていた子猫をうちの奥さんが拾ったんです。
加藤 以前にも猫は飼っていたんですか?
犬童 いえ。動物をちゃんと飼うこと自体、僕も奥さんもチャッピーが初めてです。だから一晩悩んで一大決心。そのときすでに『グーグー』の映画化の話が来ていたので、それじゃあ飼ってみようかと。
加藤 そうだったんですね。猫たちはどういう性格ですか?
犬童 チャッピーは少し神経質ですが、意思表示がはっきりしています。ごはんの時間が近づいてきたら自分から「ちょうだい」って言いに来るし、ドアが閉まっていたら僕たちのところにやって来て「開けて」と言います。グーグーは好奇心旺盛で、知らない人が来てもまったく平気。先日も電気工事の人が来て作業をしていたのですが、横でずっと見てました。チャッピーは人が来た時点で、冷蔵庫の上か、今もそうですがソファカバーの裏に隠れて、しばらく出てきません。
加藤 グーグーとチャッピーの相性はどうですか?
犬童 グーグーはチャッピーが好きなんだけど、チャッピーはちょっとうっとおしがっている感じですかね。

猫の撮影は「できない前提」で挑む
加藤 映画の『グーグー』を拝見しましたが、猫がとても自然に映っていて感心しました。井の頭公園の中を猫が走り回ったり、池の柵の上を2匹の猫が追いかけあったりしているシーンがありましたが、迷子になることはなかったですか?
犬童 公園を走り回るシーンは、種明かしをすると、迷子にならないように広い範囲を網で囲っていたんです。地面を歩いている猫を撮るのは、どこに入ってしまうかわからないので少し大変でしたが、柵の上を歩かせるのは逆に楽でした。柵の上は猫しか歩かないし、ルートが決まっているところはそこしか行かないので。
加藤 実は私、黒澤明監督の遺作『まあだだよ』(1993年公開)の猫係をやったんです。黒澤監督は絵コンテどおりに猫が動かないと納得しないので、動物行動学的に何かできないかと私のところに話が来ました。私も若かったので引き受けたのですが、えらい目にあいました(笑)。
犬童 へえ、そうだったんですか。あれは内田百けん(「けん」は門がまえに月)の『ノラや』も使われているから、猫が出てましたもんね。絵コンテを決めたら決めたで、俳優と一緒に任せて演技させるか、もしくはずっとカメラを回しておいて使えるところだけを使うか。僕はそれを使い分けました。
加藤 『まあだだよ』では、猫が真っ直ぐ歩いて直角に曲がって、背中を丸めて毛を逆立てて怒らせてください、と言われてどうしようかと思いましたよ。
犬童 その設定をした時点で、相当がんばらないとだめですね。時間をいくら使ってもいいなら待ちますけどね。
加藤 でも時間をかければ猫は疲れてしまう。
犬童 そこが一番問題です。『グーグー』の撮影でご一緒した「市原ぞうの国」の動物トレーナーの坂本峰照さんは、「猫が疲れているので、今はこれ以上撮影できません」とはっきり言い切る人なんです。こちらのスケジュールなんかお構いなしだけど、それがよかったと思います。結局、猫にストレスがかかるとそれが映像に表れてしまうんですよね。
加藤 猫好きは猫が無理をしているかどうか、見ててわかっちゃうんですよ。わざとやらせてるよねとか。さすがプロの動物トレーナーさんは違いますね。で、猫を怒らせて背中を丸めるためにどうしようかと思って、私は大きなガラスの戸を置いて猫がその前に来たときに犬を出したんです。小型犬、中型犬、大型犬をスタンバイさせてやってみたら一発でできた。
犬童 すごいじゃないですか。
加藤 でしょ! ああ終わったと思ったら、助監督さんが「1本じゃだめ。5本くらい撮っておかないと、黒澤監督は納得しない」と言うので、まだやるの~と思いながら続けました。結局1本目が一番よかったんですけどね。
犬童 基本的には一番うまくいくのは1本目。それ以降は猫が慣れちゃうんです。俳優が一緒のカットと猫だけのカットでは撮り方が違って、猫だけのカットは猫だけを狙えばいいのである意味気楽なんですが、猫と俳優とのカットは両方がOKにならなければいけないので、猫が俳優の演技にちゃんとリアクションする1本目から狙っていきます。同じことを繰り返すと、猫がリアクションしなくなる場合もあるんですよ。
加藤 リアルなリアクションを撮るということですね。
犬童 そうです。でも、犬の撮影はまた別。僕は『いぬのえいが』(2005年公開)というのも撮りましたが、犬は繰り返すと積み重ねでできるようになることもあります。だけど、猫の撮影のほうがスタッフのストレスは少ないように思います。犬は指示どおりできちゃうから失敗したらNGになり、NGを出すとみんながっかりする。でも、猫は言うとおりにやってくれないだろうって最初から思っているから、できたときには「おおーっ!」となって喜びいっぱいのOKになる。
加藤 猫のほうがプラス評価なんですね。
犬童 猫の撮影はOK前提じゃなくて「できない前提」にしたほうが、スタッフもストレスがかかりません。
加藤 『グーグー』は猫が出てくるシーンがとっても多いので、黒澤映画の経験上、さぞや大変だろうと思ったんですが、そうでもなかったんですね。
犬童 でも、撮影以前に、僕がこれまで撮った作品の中で映像化が一番難しいと思ったのは映画版『グーグー』なんです。この作品は大島弓子さんと猫たちとの何気ない日常を描いたコミックエッセイで、ストーリーがあるわけではないから、映像化なんて無理だと思っていました。だけど、僕は大島さんの漫画作品のファンで、大島さんの作品の映像化を他の人に渡すのもいやだった。だから、とりあえず引き受けましたが、撮り始めるまでには3年くらいかかりました。結果的には、映画版を撮ってみたらもっと表現できると思って、キャストを変えてWOWOWでドラマ版としてシーズン2(2014年、2016年)まで撮りました。大島さんが作品に込めた真意がだんだんわかってきたので、もう少し撮りたいのですが。
加藤 チャッピーと暮らして、猫への思いや捉え方が変わったということもあるんじゃないですか?
犬童 それはあります。動物トレーナーの「猫が疲れているからこれ以上無理」と言っていることがわかりますから。猫がいなかったら、撮り方もまったく違ったでしょうね。
人間は猫と同じヒエラルキーの中にいる「よくできたサル」
加藤 猫の魅力ってどんなところだと思いますか?
犬童 実際に一緒に暮らしてみて、動物がちゃんとものを考えて生きているということがよくわかりました。飼っている人からすると当たり前のことかもしれないけれど、猫に限らず動物にも行動原理がちゃんとあって、一つひとつを判断しながら動いているというのが一緒にいるとよくわかります。
加藤 面白い意見ですね。人間の見方も変わったなんてこともありますか?
犬童 僕は以前から人間は「よくできたサル」で、まだサルの段階にいて、実質的には他の動物と同じヒエラルキーの中にいると思っているんです。人間には考える力と伝える言葉があり、他の動物から抜け出ているというふうにしたいから、「人間」という言葉を作ったけれど、そう呼ぶにはまだ値していない。それを映画にしたのが『2001年宇宙の旅』(1968年公開)だと思っています。
加藤 わかる気がします。動物分類学というのがありますが、分類したのは人間だから自分たちとサルを分けたけれど、宇宙人が分類したら、私たちもゴリラ、チンパンジーと一緒にしちゃうでしょうね。シッポがないただのサルですよ(笑)。
犬童 そうですよね。グーグーとチャッピーと一緒に並んでソファに座っていたりすると、なんだか純粋に同じヒエラルキー、同じタイミングで一緒にいる感覚になるときがあるんです。猫を飼ったことでその視点がより推し進められている気がします。