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連載

第5回 斎藤環さん(精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授)

猫は「萌え」の感情をかき立てる唯一の三次元なのです。

斎藤環(精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授)

加藤由子(動物ライター)

 若者たちの精神病理学を専門とする精神科医である斎藤環先生には、オタクや漫画や萌えを精神医学的に分析し哲学とも連携させたユニークな視点の著書が多く、熱狂的なファンがたくさんいます。その斎藤先生が世界最小の品種とされるシンガプーラを飼い始め、「萌え」ているようです。お話を伺いに行きました。

人はなぜ猫に「萌え」るのか?

加藤 先生は日本一「萌え」にくわしい精神科医だということで……。
斎藤 「萌え」ですか。かつてはそう自称していましたが、今はその看板は下ろしました。
加藤 「萌え」についてぜひ伺いたいのですが、実は「萌え」というのが私にはよくわからないんです。「萌え」というのは、素敵とかかわいいということとは違うんですか?
斎藤 もう少し恋愛観に近いものがありますね。
加藤 「萌え」というのは女性も男性も同じものなんですか?
斎藤 同じではないですね。男性はキャラクターとして描かれた美少女に萌えるわけです。女性は女性が描いた男性同士の恋愛感情、いわゆるBL、ボーイズラブに一番萌えるようです。女性が美少女に萌えるというのもあるんですが。
加藤 そのBLの魅力とはなんですか?
斎藤 「関係萌え」ですね。
加藤 私、本当によくわからないです(笑)。
斎藤 わかりませんか? それは教育が必要ですね(笑)。まず、入門編として『風と木の詩』(1970年代に発表された竹宮恵子によるBL漫画の原点的作品)あたりから読んでじっくりと学習していくと、入り口が開いてくると思います。女性の8割はしっかり教育すると、立派な「腐女子」になると言われていますから、BLを理解するのはそんなに難しくないと思います。フィクションだろうが実在だろうが、この男子とこの男子が恋仲にあるに違いないという架空の設定をするわけです。そういう視線で見ると、表情とか目が合ったとかいちいち物語付けができ、それを解釈して楽しむというのが、腐女子の萌えの一番典型的な楽しみ方ですね。
加藤 はあ……。私、ちゃんとした教育を受けてこなかったんですね(笑)。
斎藤 腐女子教育がちょっと少なかったのかもしれませんね(笑)。
加藤 そうなんですね。ところで、先生が書かれた『猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか』(青土社、2015年)を読みました。猫が「二次元に対抗できる唯一の三次元」ということについてわかりやすく説明していただけますか。
斎藤 男性一般で考えると、「萌え」に最も近い感情を実在の女性にもつことは無理なんです。だから、二次元の萌えがいかに独特かと言うときに、「所詮、三次元は二次元に敵わない」と半分ギャグで言ったりするわけです。ところが、三次元である猫への萌えの感情だけは誰も否定しない。猫についてはアニメやマンガの美少女に対する気持ちと変わらないところがあるんだということが、共通認識になっているということです。ネット世界の中には猫好きがとても多いんです。男性も多いですね。
加藤 共通認識ですか。ネットカルチャーにはまっている男性の中に猫好きが多いと考えていいんですか?
斎藤 それは間違いないです。
加藤 昔だったら、あまり男性が猫好きだということを公言しなかったように思うんですが。
斎藤 少し前はそうだと思います。でもネットの良いところは、周りと趣味をつなげる、可視化するというところです。ブログなどで、「実は私は猫好きだ」と男性がカミングアウトすると、「俺も俺も」と言いやすい環境ができてきます。
加藤 私は、猫を行動学的に見てきたせいか、猫に「萌え」というのもちょっとよくわからないのですが、どういうことでしょうか。
斎藤 よく言われるのは、猫は女性のメタファーだということ。思い通りにならないとか、あるいは誘惑的であるとか。猫は逃げる時もダーッと行かないで、一瞬止まってこちらを振り返ったりするじゃないですか。いろんな意味で「女性性」ということもあるかな。
加藤 猫の「女性性」が魅力ということであれば、猫好きの女性は何に惹かれていると思いますか?
斎藤 たとえば画像としてですが、男性は全般的に女性の画像を見るのが好きですが、女性が男性の画像を見るのが好きかというと、必ずしもそうではないですよね。女性も女性の画像を見るのが好きだったりします。それに、女性は基本的にかわいいものとかふわふわしたものが好きですよね。動物行動学者のコンラート・ローレンツは、幼若動物の特徴は顔の重心が下にあり、目が大きくて口が小さいことで、それが慈しみの気持ちを他者に生じさせると言っていますが、子猫や子犬の顔もこれに当てはまります。こうした造形を人はかわいらしいと感じるという認知の特性がありますが、それをオトナになっても体現しているのが猫なんです。猫は目が真正面を向いているけれど、犬は違いますよね。猫はそういう感情移入がしやすい顔をしているんです。目が大きくて口が小さいというのはロリ系美少女の条件でもあります。だから、男女問わず、萌えるのだと思います。

ネット世界は猫の王国、起こるべくして起こった猫ブーム

加藤 もう一つ、聞きたいことがあるんですが。
斎藤 何でも聞いてください。
加藤 最近、猫ブームになってきたと言われていますが、これはなぜだとお考えですか?
斎藤 これもネットの影響は無視できないと思います。ネット上は猫の王国なんです。ネットスラングで「ぬこ」と言われたりして。数年前に行われた人工知能の研究で、YouTubeからランダムに選ばれた1000万枚の画像からコンピューターにパターン認識させたら、その中から人工知能が最初に認識して描き出した画像が猫だったという報告があります。つまり、ネット上にそれほどまでに猫の画像があふれているということ。これは象徴的な現象だと言えると思います。
加藤 猫の画像は「絵になる」ということですかね。
斎藤 わかりやすいということですね。犬に比べて特徴がはっきりしている。「猫耳」ってありますよね。あれを頭に乗せれば何でも何となく猫になる。でも「犬耳」ってあんまり言わないですよね。
加藤 ただ犬の耳を乗せても犬に見えないかもしれませんね。
斎藤 そう。つまり、猫はわりと記号化されやすい顔なんです。
加藤 どうして今、みんながこんなにも猫がいいと言うのか、精神分析的にはどうなんでしょうか?
斎藤 分析するまでもなく、いろいろな条件だと思います。犬は飼い主の犬友づき合いがあるように社交のツールですが、あれが嫌だという人も多い。特にネットが好きな人たちは、リアルなつながりは持ちたくないけれど、SNSに写真をアップして、直接対面しない形ではつながりたい。
加藤 確かにYouTubeなどの猫動画はすごく人気がありますもんね。そうすると、猫は三次元の生き物なのに、今の猫人気は二次元で起こっているということでしょうか。
斎藤 きっかけがあればハマる人は多数いたわけで、ネットがそのきっかけを作った。「猫っていいじゃん」ってみんなが気づきだした。
加藤 なるほど。犬ブームって犬を飼っている人たちが中心にいますが、今の猫ブームは飼っていない人もハマってますもんね。
斎藤 そうなんです。飼っていない人も猫動画を見てかわいいと思ったり、写真を集めたり。そこから三次元の猫の魅力にも目覚めてもらえれば素晴らしいんじゃないでしょうか。ただし、ブームに乗って安直に飼ってしまい、猫の殺処分などが増えるのは悲しいことなので、そこはじっくり考えていただきたいですね。

猫の体はお日様の匂い、肉球は香ばしい

著者情報

精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授

斎藤環

さいとう たまき

1961年生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院などを経て、現職。専門は思春期・青年期の精神病理学で、ひきこもりの治療でも知られる。オタク研究家でもある。著書に『社会的ひきこもり――終わらない思春期』(PHP新書、1998年)、『戦闘美少女の精神分析』(ちくま文庫、2006年)、『キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人』(ちくま文庫、2014年)、『世界が土曜の夜の夢なら――ヤンキーと精神分析』(角川文庫、2012年)、『猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか』(青土社、2015年)他多数。(2016.4)

動物ライター

加藤由子

かとう よしこ

動物ライター、エッセイスト。「ヒトと動物の関係学会」監事。1949年生まれ。日本女子大学卒。大学では生物学(動物行動学)を専攻。移動動物園などを経てフリーライターになる。動物、特にネコの生態や行動学に精通し、ネコに関する書籍などを多数執筆している。ネコ関連の著書に、『雨の日のネコはとことん眠い』『ぬき足、さし足、にゃんこ足』(共にPHP研究所)、『ネコを長生きさせる50の秘訣』(サイエンス・アイ新書)、『猫の気持ちを聞いてごらん』(幻冬舎文庫)、『猫式生活のすゝめ』(誠文堂新光社)、『猫とさいごの日まで幸せにくらす本』(大泉書店)、『猫の気持ちは見た目で9割わかる!』(大和書房)ほか多数。

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