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デモ活動を「ごっこ遊び」と揶揄する国会議員の発言から考える「市民の連帯」

仁藤夢乃(社会活動家)

 2025年10月に発足した高市早苗政権は、スパイ防止法の制定や憲法改正に向けた発言など、戦争できる国づくりの準備を進めている。先の衆議院選で自由民主党が議席の3分の2以上を確保し、高市政権は改憲に強い意欲を見せており、戦後かつてないレベルで日本社会は改憲の危機を迎えている。

 26年4月8日、平和憲法を守り、戦争に加担しない国づくりを求める市民が「戦争反対」「憲法守れ」と声を上げ、高市政権に抗議した国会前のデモには約3万人(主催者発表)が集まった。戦争国家に近づく危機感から「初めてデモに参加する」という若い世代の参加も増えており、報道によると8日の集会の参加者の3割が30代だったという。

 こうした市民による活動について自由民主党衆議院議員の門寛子氏が、4月14日放送のインターネット番組「ABEMA Prime」で「ごっこ遊び」と揶揄した。門議員は「国会に集まってペンライトを振って、それで政権は変わらないですよね。厳しいことを言うようですけれど、『ごっこ遊び』 にしか見えない。本気で政治を変えるんだったら、政党をつくって、人々の支持を集めて、政治に打って出ればいいんですよ。それをやらないで言葉だけで『高市はおかしい』とか言うのはいいが、『ごっこ遊び』の域を超えないんですよね。そういうところが私は分からないです」(東京新聞デジタル、2026年4月21日)と、国会前に集まった3万人を嘲笑した。

 有権者の代表である政治家が、市民の声やまっとうな政治批判をこのように軽視し、「文句があるなら政治家になってみろ」とか、「デモで政権は変わらない」などと発言することは民主主義の否定だ。

 デモは、憲法で保障された権利である。人々が声を上げることで勝ち取ってきた大切な権利だ。そしてその憲法は過去の大戦の反省から、過ちを繰り返さないために権力の暴走を抑止し、市民の人権を保障するためにできたものである。

 憲法第99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とある。国会議員は憲法を守る義務がある。ここに「国民」が含まれないのは、憲法が権力者を縛るためのルールだからだ。憲法は国の最高法規であり、国会議員は憲法を遵守して職務を遂行しなければならない立場にあるが、高市政権は改憲をおし進めようとしている。

◇◇◇

 なぜ、門議員がこのような発言をしたのか。私は発言を聞いてすぐにピンときた。

 独裁者はいつも、「恐怖」や「冷笑」で人を支配しようとする。人権を叫ぶ人を馬鹿にし、孤立させ、諦めさせようとする。そのことを身をもって実感してきたからだ。

 私が代表を務めるColabo(コラボ)は、3年半にわたり、深刻なデマや誹謗中傷にさらされてきた。これまでデマ・誹謗中傷等の加害者に対する28件以上のコラボ関連裁判すべてに勝訴し、裁判所は攻撃の動機が「女性蔑視」にあるとはっきり認定したが、今なお殺害予告や脅しを受ける日々が続いている。

 この攻撃には、政党を超えた議員たちが加担し、暴力を煽動した。そして攻撃を恐れた行政は23年、「危険だから」という理由で支援から手を引き、少女たちを暴力のさなかに置き去りにした。

 国家の責任である人権保障が、このように抹消されそうになっていることに、私は強い危機感を持っている。なぜなら国家が戦争に近づく時、真っ先に蔑ろにされるのは女性と子どもの権利だからだ。

 Colaboが攻撃されるのはいつも、権力者たちに不都合な真実を恐れずに語る時だ。攻撃者に対峙して、気づいたことがある。彼らは私たちの声を「無効化」するために、あざ笑うんだということだ。

 それでも私たちは諦めなかった。すると現実を知った人たちが、共に声を上げ、日本で初めての「女性支援法」(困難な問題を抱える女性への支援に関する法律)が成立した。Colaboに対する攻撃が最も激しくなったのは、この直後だった。少女たちを搾取して利益を得てきた人たちが、一斉に攻撃に加担した。私たちが攻撃されるのは、その活動が彼らにとっての「脅威」だからなのだ。

 門議員の発言も同じではないか。デモを無意味だと笑うのは、声を上げる市民の力を恐れているから、市民が連帯することを恐れているからだろう。

「憲法守れ」「戦争反対」と叫ぶ市民をあざ笑う権力者たちは、市民に「自分たちの声なんて小さい、やっても意味がない」と思い込ませたいのだろう。

 憲法改悪を目論む人たちは、平和を願い声を上げる人々を疲れさせ、諦めることを待っている。市民が考えなくなることを待っているのだ。だからこそ、護憲の声が目に見える形になることを恐れているのだろう。

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 もう一つ、Colaboが攻撃にさらされる中で気づいたことは、私たちが権力者に不都合な真実を語る時、彼らはデマや嘲笑で対抗するしかないのだということだ。権力者が民衆の力を恐れて、デモや抗議をあざ笑うことや、抗議集会に参加しているのは一般市民ではないとか、おかしな人であるとか、過激な人であるとか、日当をもらっているとか、さまざまなデマで対抗しようとすることも長い間、世界中で繰り返されてきた。

 Colaboが深刻な誹謗中傷やデマ拡散、直接的な活動現場への妨害を受けても諦めずに声を上げ続けられたのは、共に怒り、共に声を上げる人たちがいたからだった。

 門議員の発言を受けて、4月19日の日中、国会前には約3万6000人(主催者発表)の市民が集まり、怒りの声を上げた。「孫を戦争の犠牲にさせたくない、今声を上げなければ絶対に後悔する」とスピーチを決意した77歳の男性や、「息子を戦争に行かせるために育てたわけではない」と叫ぶ母親、「自分が納めた税金が戦争加担のための軍事費に使われることが悔しくてたまらない」と語る20代の若者などによるスピーチもあり、多くの市民が現政権への怒りと、平和と護憲への想いを分かち合った。私たちには、力がある。私たちは一人ではない。そのことを確認する時間となった。

 この連帯アクションは国会前だけでなく、45都道府県202カ所で5万2000人以上が声を上げた。改憲に近づく今、この声はますます大きくなるだろう。

 なぜ憲法が大切なのか、何を守りたいのか、どんな社会にしたいのか、今、何が苦しいのか。一人ひとりが言葉にして、語り続けることが、これからますます大切になる。日常の中で政治や憲法のことを話し、「小さな民主主義」を実践していかなければならない。それを続けることこそが、戦争に突き進む政権への抵抗になる。

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 私も4月はデモに2回参加したが、そのどちらにも知り合いの小さい子どもたちが一緒に参加した。そしてそれぞれが、集会の後に「デモごっこ」をしていた。子どもたちが「戦争反対!」「平和を守れ!」「暮らしを守れ!」とリズムに乗って口ずさんだり、平和への想いをプラカードに描いたりする様子を見て、「ごっこ遊び」はバカにできないと思った。

「デモごっこ」は子どもたちに、自身にも力があることを感じさせ、平和や反戦への想いを確認し、歴史を学び、自身の考えを言葉にし、声を上げるための大事な練習であり、民主主義の実践である。思えば、私もよく「戦争反対!」「9条守れ!」と口ずさんでいて、その姿をColaboとつながる子どもたちは見ている。

 今回、デモで私がスピーチした後に、「性搾取を許さない!」というコールがなされた。こんなに大勢の人と、大きな声で、反性搾取を叫んだのは初めてで、感動した。「性搾取を許さない!」という言葉を初めて口にした人も多くいただろう。そこから、その意味を考え始めたり、自分ごととして考えるきっかけを持つ人もいるかもしれない。口に出すこと、繰り返し言葉にし、確認することは大切なことだ。

 私たちが集い、声を上げることは、憲法の実践だ。今、それぞれの場所で、それぞれのやり方で、それぞれのアイディアや力を活かして全国各地で市民が立ち上がっている。

 憲法第12条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」とある。私たち一人ひとりに力があることを、憲法は広く示している。私たちは「不断の努力」を始め、継続しなければならない。そのためには、できる時にできる人が、力を寄せることが必要だ。

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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