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連載

大人たちへ(16歳・Hさん)

第33回

Colabo(一般社団法人)

私は16年間生きてきてたくさんの経験をしました。本当はしなくていい経験もした気がします。

私は小学2年生まで両親、祖父母と共に過ごしていました。毎日、両親は仕事やパチンコで帰りが遅く祖父母と待っていました。

しかし祖父母が引っ越しをしてしまってからは私は一人っ子なので、その帰りを待つのも一人で、ずっと寂しい思いをしていました。その事を私はなぜか恥ずかしいと思ってたので言えませんでした。

そして中学に上がってからは、その寂しさを私なりに表しました。その表し方は家に帰らずに友達と遊び歩いたり、見ず知らずの人を傷つけ、捕まって親が迎えにきたら(親の)第一声が何でそんなことすんだよ。や、そんなことする友達は本当の友達じゃない、などでした。

私は友達のせいでこういう風になってるって思われるのがすごく嫌で、何で分かってくれないの、と言っても、なんも話さないんだから分かるわけねーだろ、などと言われ続けました。けどそんな寂しさを埋めてくれるのがやっぱり友達で、毎日ずっと一緒にいてくれる友達がいればそれでいいって思っていました。

そんな非社会的なことは続けられるはずもなく、中学3年生の◯月◯日に逮捕状を見せられ捕まりました。手錠をかけられた私を見てお父さん、お母さんは涙を流していました。

留置所、鑑別所まで行って出られる、と思っていたのですごく頑張っていました。けど審判で言われたのが「少年院送致」でした。

私は言葉が出ませんでした。こんなに1カ月苦しい思いをしたのに、何で行かなきゃなんねーの? みたいな。

親はすごく泣いていました。ごめんね。ごめんね。って言葉を掛けられたがその時は、私の方がごめんね。と声を掛けていました。

でもやっぱり少年院という所でも今までの生活をすぐ直せるはずがなく、暴力振るったり暴言吐いたりを繰り返していて、進級に何度もおちてしまいました。でもその度に両親はまた次がんばろーよ! って言ってくれてその言葉で頑張ろって思いやっていきました。

少しずつ私も変わってきたな、という実感を持ち始めた頃に私は親に今までの思いをすべて話しました。そしたらごめんね。ごめんね。って泣きながら話してくれて、そこから本当の思いは話さなきゃなんにも伝わらないってことを学びました。

私は今、出院して2カ月程たち、いろいろありますが自分なりのペースで頑張っています。少年院に行って後悔はしていません。今では親とも本音を話し合える仲です!

後悔は強いて言うなら、中学の卒業式が少年院の中だったってことです。そこだけです。少年院は魔法の場所です。

著者情報

一般社団法人

Colabo

コラボ

『すべての少女が 「衣食住」と「関係性」を持ち、困難を抱える少女が搾取や暴力に行き着かなくてよい社会』を目指して活動する非営利団体。2011年に仁藤夢乃を代表として設立。10代の少女たちと支援する/される関係ではなく「共に考え、行動する」ことを大切にしており、虐待や性暴力被害を経験した10代の女性たちとともにアウトリーチや、虐待や性搾取の実態を伝える活動や提言を行っている。

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