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連載

経験を盾に(16歳・Tさん)

第30回

Colabo(一般社団法人)

私は今まで生きてきた16年、周りの普通の高校生ではできない経験をたくさんしてきたと思う。その時その時は計り知れないほどどれもつらかったし、いつも死にたいとさえ思っていました。

小学1年の時に実の父とは(両親の)離婚が理由で生き別れになりました。

大好きな人でした、いつも優しくて色んなところに連れていってくれて……小さい頃の私の口癖は「大きくなったらパパと結婚する」でした。

 

でも私の父には一つ欠点があって、お酒をたくさん飲んでしまうと人が変わって暴力的になるところでした。それに私の母は耐えられず離婚を切り出したそうです。

私も一度だけ大っ嫌いな父の姿を見たことがありました。

私が4歳だった時、真夜中にお皿が割れる音と共に母の泣いてる声が聞こえました。私はそれで起きて自分の部屋の扉を開けようとしたら、親が「早く寝なさい」と言いすぐに扉を閉めてしまいました。

けど少しだけ扉の隙間から見えたその光景は今でも衝撃的で頭から離れません。

そんな毎日から、離婚が救ってくれました。

そして小学2年のある日、学校から帰ると知らない男の人が台所で煙草を吸ってました。誰だとずっと疑問に思いながら見ていたら「お帰り、〇〇!」と母が私に声をかけ、これから私の新しい父親になることをそこで説明されました。

最初はいい人だなって思ってましたが「人は次第に本性を現す」まさに私のおばあちゃんのこの言葉どおり、新しい父親も長く一緒に住めば住むほど人が変わっていきました。

 

私が何か悪いことをしてしまった時だけだったので、私もそれが父からの暴力だとは感じていませんでした。

お風呂で弟と喧嘩して私が「死ねばいいのに」と言ってしまった時、急に父がお風呂場の扉を開けてきてお皿を投げてきたり、素っ裸な私の体を何回も殴ったり、叩いたり湯船の手すりに頭を何回も叩きつけられたり、気づいたら終わっていてぼーっとしてた事もありました。

あとはある日家に帰ってきたら階段や廊下が血だらけで、2階から泣いている声が聞こえたので見たら弟がうずくまって泣いていたことがあったり、毎日ではありませんでしたが私か弟が何かした時は必ずと言っていいほどいつも殴られたり、蹴られたりされていました。

 

こんな生活が高1まで続きました。

私は新しい父と生活し始めて、暴力がエスカレートしてきた中1頃から自分の腕に傷をつけるようになりました。世の中でいう自傷行為、リストカットです。

みんな後悔する人が大半ですが私は後悔してないです。

生きてきた証しだと思ってます。

ここまでよく死なずに生きてきたという慰めでさえあります。

そうでもしなきゃその時の自分は生きていけなかったんだと思います。

高1の時に私は児相(児童相談所)に引き取られ、今は里親の元で生活してます。里親に引き取られてやっと安心した生活が送れると思っていましたが、食事が出なかったり生活費が出なかったりで、私は援交をしたり自分の下着を売ったり、危ない手段でお金を稼ぎ生活費を補ったりしていました。

 

ですが前とは状況が違い、今の私にはたくさんの大人がいて私をそっと見守ってくれてます。困ったら助けてくれる人がいる。

前のつらかった時の私に言ってあげたいです。3〜4年後のあなたにはたくさんの大人がついてくれるよと。

人生本当に何があるかわからないなと思いました。

死にたい、それで死んでしまったらそれまでの人生。こんだけ色々周りの人が体験できてない人生を歩んできたならそれを盾に、強みにして生活していきたいなと思いました。

著者情報

一般社団法人

Colabo

コラボ

『すべての少女が 「衣食住」と「関係性」を持ち、困難を抱える少女が搾取や暴力に行き着かなくてよい社会』を目指して活動する非営利団体。2011年に仁藤夢乃を代表として設立。10代の少女たちと支援する/される関係ではなく「共に考え、行動する」ことを大切にしており、虐待や性暴力被害を経験した10代の女性たちとともにアウトリーチや、虐待や性搾取の実態を伝える活動や提言を行っている。

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