困難を抱えた人が「自立する」ということ 〜映画『インディペンデントリビング』田中悠輝監督と考える
今回は、障害者の「自立生活」を描いたドキュメンタリー映画『インディペンデントリビング』(東京・渋谷のユーロスペースほか全国で順次公開中、新型コロナ対策としてオンデマンド配信も実施)監督の田中悠輝氏と対談。大阪の自立生活センターを舞台に重度の障害を持つ人たちが窮屈な施設暮らしから脱出し、困難に直面しながらも自立生活に向けて奮闘する姿と、それを支える人々との間で繰り広げられる涙と笑いの日々を3年にわたって追っている。障害者が夢を持って、本当に自分らしく生きるとはどういうことなのか? 自らヘルパーとして介助を行いつつカメラを回したという田中氏に、映画の見どころや制作話などを聞き、障害者支援の在り方を考えた。

当事者同士だから分かり合える
田中 この映画に登場する自立生活センターとは、障害種別を問わず日常的に手助けが必要な障害者に様々な支援を行う場所なんです。1972年にアメリカで設立されたのが始まりで、面白いのは障害を持つ当事者が運営や介助にも携わっていて、障害者が自立しやすい環境や地域を作っているところ。事業所でありながら運動拠点でもあるので、実は仁藤さんの活動にも通じるところがあるんじゃないかなって、かねがね思っていました。だから今回、仁藤さんに映画を観ていただくのにすごくドキドキしたんですよ。
仁藤 観た人を元気にする映画だなって思いました。監督が今おっしゃったように、私たちcolabo(コラボ)も〈支援する・される〉っていう関係を作るんじゃなくて、「一緒に考えるよ。でも、選ぶのは自分だよ」と、その人が主体的に自分の人生を歩いていけるようにサポートし、そのために手伝えることがあるならという考えでやっています。だから、この映画に出てくるセンターも、支援者主体の“上から目線”の支援はしないという安心感が「いいな」と思いましたね。Colaboとは当事者運動という点でも共通するものを感じました。
田中 まさにその当事者運動っていうのが、彼らの強みでもあるわけです。映画を作るに当たっては、当事者が関係性を組み立てていく意味というのに自分でも課題を感じていたので、そういうふうに思ってもらえたことがまずうれしいです。

仁藤 印象に残ってるのは冒頭のシーン。これから自立生活支援が始まるという段階で、センターの人が「あなたの生活、一日の過ごし方は自分で決めるんだよ」と話してましたね。そういうことを当たり前のように言ってくれる施設や支援者って、私が関わっている児童福祉や女性支援の枠組みでも、ほとんどないなって思ったんです。私たちColaboも「一緒に選択肢を考えることはできるし力を貸すこともできるけど、決めるのはあなた自身で、あなた自身の人生だよ」というスタンスでやっています。なので、そこから始まっていく関係性っていいなと思う。田中監督がそういう視点を持って、この映画を制作したっていうことも感じました。そもそも、どうしてこの映画を撮ろうと思ったんですか?
田中 2016年頃から撮り始めたんですが、最初は東京の自立生活センターでヘルパーとして働きながら撮影して、「当事者ではない者」としてそこにいる意味みたいなものを考え続けました。障害者と、障害を持っていない「僕」との関係性について。境遇がどうしても違うので、僕はその人の大変さとか思いとかをなかなか理解し難いのだけれど、だからこそ分かろうとし続ける必要があるのだろうと。
そんな時、大阪市にあるNPO法人「自立生活夢宙センター」の平下耕三代表とご一緒することがあったんです。で、平下代表の人柄に惹かれて撮影を申し出たら「いや、俺たちもちょうど映画を作りたいと思ってたんだよ」みたいな話になった(笑)。そんないきさつで、夢宙センターが舞台になりました。最初は「カッコいいところを撮ってほしい」っていう感じだったんですけど、「いやいや、普段通りの情けないところとかも見せてもらわないと面白くないです」みたいなやりとりをして、関係性を築きながら撮ってきたっていう感じですね。
仁藤 「カッコいい」ところだけでなく、ありのままが映っているから親近感が湧くし、励まされたような気がします。現場を撮影するにあたって、介助者さんや利用者さんといった登場人物の描き方とか、ストーリーの流れとかに意図した点は?
田中 意図した点といえば、僕は監督があんまり画面に出てこない映画が好きで……(笑)。見る人にいろいろと想像してほしいっていうのは本当に思っていて、だからナレーションも入れてないし、できるだけ彼らの対話の中にカメラがあるみたいな形にしたかった。そうするとやっぱり現場の空気も伝わるしね。編集の部分で「こんなふうに想像してほしい」って思いはあるけど、実際に現場に居合わせて、その空気を一緒に味わってもらう――みたいなところに重点を置いた感じですね。で、少しでも興味を持ったら、ぜひこの現場に行ってほしいなっていう思いで制作しました。
仁藤 現場の空気はめっちゃ感じました。最初から最後まで、自分がそこにいるように思えて、私も夢宙センターへ行ってみたいなって思ったぐらいです。
障害を持つ当事者でありながら、自立生活センターで仕事をしている〈えみちゃん〉と呼ばれる女性が映画に出てきましたよね。彼女が、最初はヘルパーに指示を出すのがしんどくて、全部を自分で決めてヘルパーを使えるようになるまでには何年も掛かった、というようなことを話してた。Colaboで出会う、虐待などの暴力や支配から逃げてきた10代の女の子たちの中にも、これから自分の生活を築いていこうっていう時に、自分が「何が好きか」とか「どうしたいか」とかを決められなかったり、今までは、自分の意志を大切にされた経験がなくて「そんなの考えたことなかった」という子も多い。そういう人たちにとって、自分がどうしたいかを自分で決めるのは、簡単なことじゃない。だから、そういうことを経験して理解している〈えみちゃん〉のような当事者が活動に関わっていることは大きいですよね。
田中 障害者の場合は、ロールモデル(模範・手本になる人)が本当に多様なんです。障害種別が違うから分かり合えないかなって周囲が思っても、何だか当人たちは分かり合ってるっていうこともあります。〈えみちゃん〉は難病による身体障害者で、自立を目指す明日香ちゃんは精神と知的の障害を持つ女の子なんですが、〈えみちゃん〉は明日香ちゃんのことを誰よりも分かっている。ある面では実の母親よりも分かっている。それって、やっぱり当事者同士だから、通じ合う部分があるんじゃないかなって思うんですよね。

映画『インディペンデントリビング』より。©️ぶんぶんフィルムズ
「仕事っぽくなさ」がすごく良い
仁藤 登場人物の中では、私は明日香ちゃんに最も親近感を覚えましたね。私たちの身近にもああいう子がいて、明日香ちゃんだけでなく、その母親や母親との関係性も本当に似てるんです。その子も、この映画を観て「自分みたい」と言っていました。
田中 映画の中で、明日香ちゃんは母親と喧嘩しちゃうんですよね。でも、あのシーンにはいろいろな感情や思いが結構凝縮されてて……母も娘も怒りを抑えきれずその場から出て行きますが、コーディネーターが母親をなだめ、〈えみちゃん〉は明日香ちゃんのフォローに行って、双方の間に入りながら親子の関係修復をします。
言葉で言ってしまえば簡単に聞こえるかもしれませんが、障害者が自立生活を始める時には親元を離れることにもなるので、これまでの積み重ねや関係性によっては、そのまま縁が切れてしまうことが少なくない。中にはすぐに縁を切った方がいい場合もあるけど、そうじゃないこともある。当人にとって親子関係の継続が選択肢の一つになり得るんだったら、とりあえずつなぎ留めて関係性を多様化しようっていう支援が、とっさにできているのがすごいんですよ。
仁藤 確かに劇中では最も切迫した場面だけど、それを笑いながら見られる感じっていうか、周囲の人たちがその関係性や状態を含めて「分かっている、分かろうとしている」ってことに安心感があった。あの母娘も二人きりで家にずっといたら、お互いにほんとしんどかったろうな。近くにいすぎると上手くいかないけど、距離を置くことでいい距離感で付き合いができるってこともありますよね。
映画では支援が必要な相手に対して支援者も自分の性格や人柄、自分のことをオープンにする、そういう関係性もいいなと思いました。でも支援の現場では「あんまり利用者とそういう関係になっちゃいけない」と言う人たちも中にはいて……。この映画に出てくる自立生活センターの介助者のみなさんは、そのへんはいかがですか?
田中 ノリの良い人が多い大阪っていう土地柄もあって、オープンなヘルパーは結構多いと思います。もちろん、中にはノれない人もいるだろうとは思いますが(笑)。東京のセンターだとやっぱり雰囲気が違いますね。もう少し事務的で「仕事っぽい」感じがします。
仁藤 私は、その「仕事っぽくなさ」っていうのがすごく良いなあと思いました。人の人生に関わる活動をする中で「仕事としてやっているのか、人としてやっているのか」は、常に問われてきますよね。単なる「仕事」としてやろうとしても、そういう信頼関係や、場の雰囲気は作れない。
田中 そうですね、普通の職場とはちょっとズレてるかも。運動の中で何かを動かしたいってなった時には、それぐらい濃密にやらないと何も変わらないよっていうことを分かってくれる仲間がどれだけいるか、みたいな。