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連載

少女は気軽に売春に足を踏み入れているのか?

"ここがおかしい"

仁藤夢乃(社会活動家)


 2015年6月、ツイッターで売春相手を募ったとして、神奈川県在住の16歳の少女が売春防止法違反で逮捕されました。18歳未満が同容疑で逮捕されるのは極めて異例。警察は逮捕の必要性を、「少女は家出を繰り返しており、任意の聴取が難しく、親の監護に服さず、所在不明になっていた」と説明したとメディアで報道されています。
 この件に関して、ある記者から「警察関係者によれば“売春を気軽にやっている少女に対して警鐘を鳴らしたい”とのことのようだ。なぜ、少女が気軽に売春に足を踏み入れてしまうのか教えてほしい」と質問されました。
 少女たちは本当に、気軽に売春に足を踏み入れているのでしょうか。

児童買春で行われているセックス

 私は、売春経験のある少女と日々出会い、関わっています。私の出会う少女たちが買春者としているセックスは、恋人間で行われるようなものとはほど遠く、支配的で暴力的なものがほとんどです。性器に異物を入れられたり、体に傷をつけられたり、首をしめられて脅されたり、手足を拘束し目隠しをして強姦したり、全身を縄で縛ったり、裸で公園を歩かせたり、車中でアルコールを飲ませ複数の男に暴行されたり……。その様子を撮影され、ネットにアップされてしまった少女もいます。
 これは性暴力であり、売春する少女たちの語りは、性暴力を受けた女性たちの姿と重なります。売春後に必ず自傷行為をしてしまうという少女、どんな相手とどこでどんなことをしたのか覚えていないという少女。かい離して、買春者と自分がセックスする様子をベッドの上から見ているような感覚になると語る少女。彼女たちは心身ともに傷つき、精神的に不安定な状態が続いており、専門的なケアが必要な場合がほとんどです。

売春という自傷行為

「私は売春しても、つらいとか思わない。ただ時間つぶせて、ご飯食べられて、寝床があるなら何でもいいや。相手がきもいおっさんでも別に何とも思わない」と話す少女もいます。しかし、彼女が本当に傷ついていないようには見えません。むしろ、痛みを感じることすらできなくなってしまっている状態です。
 腕や脚、腹、首などに数えきれないほどのリストカットの痕があり、オーバードーズ(大量服薬)も繰り返しています。「無性に死にたくなることがある。でも、自分でもなんでなのかわからないんだよね」と話してくれることもあります。
 彼女は、幼い頃から虐待を受けて育ち、小学生の時、お腹をすかせた彼女に公園で声をかけてきた見知らぬ男性と、ファミレスでご飯を食べた後にしたのが初めてのセックスでした。この時のことは、よく覚えていないと言います。
 虐待や性暴力を受けた少女たちにとって、それを被害と捉えることは簡単ではありません。被害を認めることもつらい。「こんなこと、大したことない」と思うため、自ら売春を繰り返すようになる少女もいます。「大丈夫、私は傷ついていない」と自分に言い聞かせるようにして。
 リストカットなどの自傷行為には鎮痛効果があり、痛みと同時につらい記憶を切り離す作用があると言います。つらい記憶を忘れることは、生きるために人間に備えられた力であり、自分の身を守るための反応です。
 私も、家庭が崩壊し、荒れた生活を送っていた中・高校時代のことは、覚えていないことも多くあります。毎日ありえないことばかり起きて、それが日常になると、自分が何で苦しいのか、辛いのかもわからなくなる。なんとなくだるい、つらい、生きていたくないという気持ちが、だんだんと、とにかく死にたいという気持ちに変わっていきました。それでも、友人たちに支えられながら、その日その日を生きていました。

 ある少女は言いました。「楽に稼げるし」と。その言葉の裏には、「こんな私に他にできる仕事なんてないし」という思いがあることも少なくありません。今まで、学校や家庭では「出来の悪い子」「気の利かない子」と言われてきた中高生が、買春者からはほめられる。「お客さんは、やればやるほど喜んでくれるんだよね。こんなに誰かに必要とされていると感じられるのは初めて」と話す子もいます。

親や教師や支援者よりも、買春者のほうがわかってくれる、自分を見つけてくれる

 自分の困難を整理したり、何がうざくて、何がつらくて、何がだるいのか言葉にできない、あるいはしないでいる少女たちが支援の窓口に足を運ぶことは難しく、路上やSNSで声をかけてくる危険な大人たちと、支援よりも先につながっています。
 問い詰めるように話をすすめる児童相談所の職員や教員、支援者よりも、買春者のほうが、自分のつらさに共感し話を聞いてくれると感じていて、唯一の理解者が買春者たちだと感じている少女にも出会っています。
 買春者について「ご飯をおごってくれたり、服も買ってくれたり、泊めてくれるしシャワーも浴びられる」と語る少女も少なくありません。それを「甘え」や「洋服ほしさ」と捉える人は、現代の子どもたちの置かれた厳しい状況を理解していないか、想像力が欠けているのだと思います。
 子どもの貧困率が約6人に1人となった今、ご飯を食べさせてくれたり、服を買ってくれたり、話を聞いてくれたり、お風呂に入れてくれたり……。そんな生活が当たり前ではない子どもたちがいるのです。
 幼い頃から、親はそんなことをしてくれず、ずっとゴミ屋敷で、ボロボロになった衣類を着まわして生活をしてきた少女が、初めて自分に優しくしてくれる男性に出会い、ご飯や洋服を買い与えられたら、どう思うでしょうか。これまでのように万引きをしてお腹を満たすこともしなくてよくなり、同年代の友達と同じようにおしゃれができたら、それが性暴力目的だとしても、それが生きる術だと思ってしまうことが想像できないでしょうか。それは、本人の自己責任ではなく、そう思わせてしまう社会に問題があると考えられないでしょうか。

背景に目を向けて

 売春する少女たちは、背景に何らかの問題を抱えています。多くのメディアが、背景に目を向けることなく、子どもの非行問題・貞操感の問題として、少女に責任を押し付ける報道をすることをいつも残念に思っています。
 冒頭で触れた神奈川県の16歳の少女が逮捕された件についても、テレビや新聞で「売春で得たお金で洋服を買ったり映画を観たりしていた」と報道されました。確かに、そのお金で服を買ったし、映画を観たのだと思います。でも、彼女が長い間家に帰っていなかったと聞いて、私はきっと、「そのお金を食費に充てたり、マンガ喫茶でのシャワー代にしていた」のではないかと思うのです。今も、そのような生活を続ける少女たちと出会い続けています。
 もし、16歳の少女が売春をして、「食費やシャワー代などの生活費にしていた」と報道すれば、受ける印象はずいぶん変わるのではないでしょうか。日本では、「売春=遊ぶ金やブランドものほしさに気軽にやっている」というイメージを持っている人は少なくありません。メディアなどから影響を受けて、そんなイメージを持っている人が多いのではないでしょうか?
 私の出会う少女たちの中には、気軽にやっている子なんて一人もいません。彼女たちの立場にたって考えてみれば、背景にある孤立や貧困、虐待や性暴力、学校でのいじめ、知的障害、発達障害など……彼女たちを苦しめる本当の困難が見えてきます。その困難を和らげることができなければ、彼女たちの置かれた状況は変わりません。必要なのは、彼女たちを注意したり、しかったり、逮捕したりすることよりも、彼女たちが生きづらさを和らげて生きていけるようにケアをし、伴走し、サポートすることです。子どもたちが売春しなくても生きていける環境、関係性を築いていかなければなりません。

「軽い気持ちで買春」するのはなぜか、に注目しない大人たち

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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