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連載

変革への闘い

「ストリートチルドレン」と呼ばれて4 薬物の罠

工藤律子(ジャーナリスト)

 翌年、同じ場所を訪ねると、そこにはカルロスはもちろん、路上暮らしの子どもたちはもう誰もいなくなっていた。どうやらまた警察にねぐらを追い出されたようだ。毎日のように路上をまわっているNGOスタッフ、ストリートエデュケーターに尋ねるなどして行方を捜すと、フアンたちと暮らしていた大きな公園の西側を走る大通りを、北へ7ブロックほど歩いたところにある地下鉄駅付近にいることがわかった。

地下鉄駅の上の広場で仲間と生活していたカルロスは、この日、熱を出し、毛布にくるまっていた。2000年末 撮影:篠田有史

何度も来る誕生日

 カルロスと再会したのは、その地下鉄駅から東へ2キロ近く続く露店街の一角だ。少年は、赤信号で停車する車の運転手を相手に、交差点で物乞いをしていた。私たちが「カルロス!」と呼ぶと、すぐに気づいて近づいてくる。それからいつものように、手のひらと拳を順に打ち合わせて挨拶をする。その日は、しばし立ち話をしたが、すぐにまた仕事に戻っていった。
 数日後、その交差点には姿がなかったので、付近で露店を開いている人たちに尋ねると、数ブロック西の地下鉄駅の上にある小さな広場にいると教えてくれた。さっそく行ってみると、前日冷たい雨に見舞われた広場で見つけたカルロスは、熱を出し、地面で毛布にくるまっていた。
「ごめんね。今日は話ができないんだ」
と、か弱い声で謝る。あまりに辛そうなので、私は持っていたお菓子と解熱剤を手渡し、まずお菓子を少し口にしてから薬を飲むように、と告げた。すると、少年は素直に言われた通りのことをする。
 翌日、様子を見に行ったところ、幸い元気を取り戻して、近くの交差点で物乞いをしていた。私たちの視線に気づくと、すっと歩み寄ってきて、
「昨日は、ありがとう!」
と、感謝を口にする。ずっと一緒にいられるわけではないため、必要以上に干渉することは避けているが、薬だけは渡してよかったと、私たちは安堵した。

交差点は、路上の子どもたちの典型的な「職場」 撮影:篠田有史

 その後もその居場所が変わっても、私たちはずっとカルロスの姿を追い続けた。
 ある時、篠田よりも先にメキシコシティに着いた私が訪ねていくと、顔を見るなり、
「今日はボクの誕生日なんだ!」
と、駆け寄ってきた。あまりにうれしそうな顔をするので、私は「じゃあ何かお祝いをしなきゃ」と、彼が好きだと言うLalaというメーカーの牛乳とケーキを買ってきて、バス停のベンチの上に並べ、そこにいた彼の仲間とバースデーソングを歌った。
 それからは毎年のように会うと必ず、「今日はボクの誕生日なんだ」と言うようになる。その「誕生日」の日付は毎回異なり、しかも、年に何度も「誕生日だ」と言うのには、さすがに呆れてしまった。
 そのことをNGOのストリートエデュケーターをしている友人に話すと、彼女は「路上の子たちには、しょっちゅう誕生日が来るのよ」と、笑った。どうやら路上生活をしている子どもたちの多くがそうやって頻繁に、自分の誕生日を祝ってくれと、知り合いの大人にアピールするようだった。親が自分のために何かしてくれた経験をほとんど持たない、まして誕生祝いなどしてもらったことのない彼らは、とにかく自分が特別な存在になれる機会を手に入れたいのかもしれない。カルロスもそんな子どもの1人だった。
 私が「ねえ、この間とまた違う日だけど、本当の誕生日を教えてくれないと、祝えないわよー」と不満げな顔をしてみせると、少年は苦笑いしながら、「7月28日なんだ」と言って、
「これは本当」
と、真顔になる。
 それ以来、私たちは毎年、その日付に近い日に会えたら何かしらお祝いをするのが、習慣となった。

 

新しい仕事

 ところで、ある時期から、カルロスの仕事は「物乞い」から別のものに変わる。彼が11~12歳の時のことだ。もともと物乞い自体、幼い子どもであれば容易に人々の同情を誘い、日銭稼ぎの手段として有効だが、ある程度の年齢になると、手を出すだけではお金を恵んでくれる人があまりいなくなる。加えて景気が悪いと、物乞いのハードルは更に上がる。新聞でもキャンディでも何でもいいから物を売るか、「チップに値する一芸」を披露する必要が、どうしても出てくるのだ。
 その芸とは。
 まず、ガラス瓶を砕いた破片を載せたTシャツを、地面に置く。それから、その上に裸足で乗ったり上半身裸でうつ伏せや仰向けに寝転んだりして、素肌をガラス破片に押し付けてみせる。「全然痛くないですよ」とアピールして、芸は終了。見ていた(と思われる)人たちにチップをもらって回る。
 ある日、赤信号の交差点に並ぶ車列の前でこの芸をするカルロスの姿に出くわした。ボサボサ髪の痩せっぽち少年が、上半身裸でニコリともせずに淡々と芸を行う。終わると停車中の車列の間を歩きながら、人差し指を天に掲げてチップを要求。すると、1人、2人、と車の窓を開けて、小銭を差し出してくれる人がいる。この作業を、信号が赤に変わるたびに繰り返した。しゃれた言い方をすれば、一種のパフォーマンス。だが、子どもがやっているのを目にするのは、とにかく痛々しい。

カルロスは、ねぐら近くの交差点で、停車中の車を「観客」に、Tシャツに載せたたガラス破片の上に裸足で乗ってみせる芸を披露していた。2000年末 撮影:篠田有史

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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