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連載

変革への闘い

「社会的連帯経済」への誘い15「宝塚すみれ発電」 再生可能エネルギーで実現する持続可能なまちづくり 

工藤律子(ジャーナリスト)

この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!

 社会的連帯経済の目標である「人の暮らしと環境を軸にした、民主的で持続可能な社会の構築」。それを市民が牽引している例が、兵庫県宝塚市にある。その中心的な存在である「宝塚すみれ発電」の活動の現場を訪ね、代表取締役・井上保子さん(63)に話を聞いた。

宝塚すみれ発電所第4号とその下にある市民農園「KOYOSI農園」。260Wの太陽光パネル180枚が、ほどよい日陰を作っている。撮影:篠田有史

 

原発問題と食の安全

「大学の変わり者の先生方に、本当の生き方を教わりました」
 京都精華大学で漫画を学んだ井上さんは、市民運動に関わるようになったきっかけを、大学時代に見出す。
「私は、教科書で原子力発電は未来のエネルギーだと紹介された世代なんですが、大学の自然科学概論で初めて“原発は夢のエネルギーなんかじゃない、ろくでもない電気だ”と教わったんです。その19歳の時の記憶が、ずっと頭に残っています」
 その後、反原発運動に参加するようになり、全国各地の原発立地場所にも足を運んで、抗議行動を行った。だが、福井県若狭町で、「電気を使うだけの都市からやって来て、地元のことを何も知らないのに反対するな」と、地元の高齢男性に面と向かって言われたことに、無力さを感じた。
「自分たちの暮らしの中でやれることをやらなければ、と考え始めました」
 1986年のチェルノブイリ原発事故の際、電力会社に太陽光発電への切り替えを訴えたが、「コストがかかりすぎる」と一蹴された。2011年、福島の原発事故が起きて、市民自らの手で再生可能エネルギーを生み出していこうという思いが、強くなる。
「事故後、若い人たちが原発を怖がって(関西へ)避難してきました。その中には再生可能エネルギーに関心を持った人もいます。けれど、その関心は長続きしませんでした」

 また、若い頃から安全な食品の共同購入を続けている井上さんは、地元・宝塚市で安全な食を考えた農業が続けられることの重要性を、強く感じてきた。
「食べ物のことを知ると、その裏にあるさまざまな現実や社会問題が見えてきます。私が好きなバナナを生産する海外のプランテーションでの労働搾取や、水俣病で漁ができなくなった漁師さんたちが甘夏栽培を始めたことなど。食べ物を通して多くを教わり、農業の大切さを痛感しました」
 これらの経験が、その後の井上さんの活動に反映されていく。

宝塚市市民発電所設置モデル事業として作られた、宝塚すみれ発電所第3号の前で話をする井上さん。撮影:篠田有史

 

市民発電所を作る

 福島原発事故の1年後、井上さんは、始まったばかりの再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT=Feed-in Tariff。一般家庭や事業者が再生可能エネルギーで発電した電気を電力会社が一定の価格で一定の期間高く買い取る制度)に注目して、ボランティア仲間と共に、宝塚市に太陽光パネルを使った市民発電所を作ることにする。NPO法人「新エネルギーをすすめる宝塚の会」を仲間と立ち上げ、反原発の思いを共有する地主が所有する耕作放棄地に、市民自らが資金と労働力を提供して出力容量11.16kWの太陽光パネルを設置し、発電を始めた。電力会社がやろうとしなかった太陽光発電所を自力で実現したことで、市民ボランティアのモチベーションは一気に高まる。だが、当初は想定していなかった問題が生じた。
「(太陽光)パネルとパネルの隙間に雑草がたくさん生えてきたんです。雑草が伸びると、その影が発電量の低下などの原因となるので、頻繁に草取りをしなければなりませんでした。それが次第に重荷となっていったんです」
 この出来事から井上さんは、発電所を市民のボランティア活動を主体としたNPO法人として運営し続けることの難しさに気づく。
「市民のボランティア活動と事業を一緒にするのは、よくありません。NPOは普及啓発活動には向いているが、(発電という)収益事業をやるものではない。お金の使い方もきちんと提示できる株式会社を作って事業を続けよう、と思いました」
 2013年5月、再生可能エネルギーの地産地消を実践する「非営利型株式会社 宝塚すみれ発電(以下、すみれ発電)」を設立。「非営利型」には、井上さんの哲学が込められている。
「会社は儲けるためにあるのではなく、発電事業を継続するための活動資金を捻出しているだけです。市民の出資金を使って、どう地域に貢献するかが、大切なんです」

 

農業を守りながら、産業を作る

 井上さんたちは、2016年6月までに、計6つの発電所を宝塚市中心に設置。自立性を保つために補助金は一切受け取らず、費用は市民からの出資や行政からの融資などで賄った。作られる電気は、1カ所を除いてすべて国内最大級の生活協同組合である「コープこうべ」(組合員約173万人)が運営する「コープでんき」に販売している。
 地域住民であるコープこうべの組合員とその地域の市民発電所であるすみれ発電との連携によって、電気の地産地消が持続可能な豊かな社会を作るという意識が、市民に広がっていった。さらに、安全な食の源である地元の農業を守りたいという井上さんの思いは、発電と農業のコラボを実現する「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」によって形になっていく。
 ソーラーシェアリングとは、太陽光エネルギーを、「発電」と作物を育てる「農業」の両方に生かす仕組み。太陽光パネルを地面から3メートル以上の高さに設置し、その下で作物を育てる。太陽の動きに伴ってパネルの下に日陰ができることで、熱が緩和され、作物の成長によい環境が生まれる。井上さんたちは、このソーラーシェアリングをできるかぎり増やしていこうと計画している。
「宝塚市の面積の3分の2を占める西谷地区は、再生可能エネルギーの宝庫なのですが、1年におよそ100人ずつ住人がいなくなり、人口は2300人を割ってしまいました。農地が空き、働き手もいなくなって、耕作放棄地が増えていることに、危機感を抱いています。ソーラーシェアリングで、この状況を変えられるのではないかと思います」
 ソーラーシェアリング普及への第一歩となったのは、すみれ発電所第4号の太陽光パネルの下に広がる市民農園「KOYOSI農園」だ。
「発電を通して、生産者と消費者をつなぐことが大切だと考えたんです。市民農園での発電はすみれ発電、農地を借りて作付けするのは大勢の市民、農地の管理・運営は地主さん、そして電気の購入はコープこうべで、それを使うのは市民。つまり、電気や作物を作る人たちと、買って使う人たち、それぞれが自分の責任を果たす仕組みです」
 7月後半の週末、KOYOSI農園には、反原発運動をきっかけに井上さんと出会ったという地主の古家(こいえ)義高さん(72)と、農園の土地を借りている近畿大学の藤田香教授(環境経済学)と学生たち、龍谷大学の竹歳一紀教授(農業・資源経済学)、コープこうべの職員やボランティアが、太陽光パネルの下で育つサツマイモの下草刈りと蔓返しを行う姿があった。30人以上が畑の雑草を引き抜き、畝からはみ出した芋の蔓が地面に根を下ろさないよう、丁寧にもとの畝へと戻していく。家族で参加するコープ組合員の子どもたちは、畑でカエルやバッタを見つけて、はしゃいでいる。

7月23日(土)、市民農園「KOYOSI農園」の太陽光パネルの下で、サツマイモの下草刈りと蔓返しの作業をする人々。撮影:篠田有史

 地主の古家さんは、わなを使って捕獲したモグラの死骸を参加者に見せながら、「モグラが畝の中にトンネル状の穴を開けてしまったため、新たに100本ほどサツマイモを植え直しました。ですが、またモグラにやられてしまいました」と説明する。
 井上さんは「パネルの下が“涼しい”ということを感じながら、作業をしてください」と声をかけ、ソーラーシェアリングへの理解につながる体験を促す。
 1時間ほどの作業の後、参加者は全員、近くのスペースへ移動し、まずソーラーシェアリングについて、井上さんの話を聞いた。「農園での作業は、必ず環境学習とセットにし、発電だけでなく環境についても考えなければ」という井上さんの思いのこもった体験学習プログラムだ。

 

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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