「社会的連帯経済」への誘い13「見樹院・寿光院」 「共」を育む
工藤律子(ジャーナリスト)
この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!
東京都内にある浄土宗の2つのお寺、見樹院(文京区)と寿光院(江戸川区)は、地域の人々が、つながりの中で健康で平和な暮らしを営み、共生、協働することでよりよい社会を築いていくための場を創り続けている。

見樹院の玄関先に立つ、見樹院・寿光院住職の大河内秀人さん。胸には、社会に参画する仏教徒の国際ネットワークInternational Network of Engaged Buddhists (INEB)のバッヂが。撮影:篠田有史
国際協力で見た市民の力
見樹院と寿光院の住職を務める大河内秀人さん(64)は、20代の頃、浄土宗東京教区青年会(東京都内430のお寺の43歳以下の僧侶が会員)の事務局長として、ユニセフ(国際連合児童基金)への募金活動をしていた。その募金で乳幼児死亡率を下げるための事業が実施されていた、アジアの最貧国と呼ばれたブータンや内戦下のカンボジアに足を運び、こう痛感する。
「現地のことは、実際にそこへ行ってみないとわからない、現場の声を聞かないとわからないものだ」
極度な貧困に苦しんでいると思っていたブータンで出会ったのは、質素な暮らしの中でも自宅の1階で家畜を飼い、2階を住居とし、3階で干し肉を作って「幸せそうに」(大河内さん)生きる家族だった。
内戦により国が荒れ、多くの難民を抱えていたカンボジアでは、東西冷戦下で共産主義勢力に対抗しようとする資本主義諸国の論理が先に立ち、国際社会からの支援に現地の声が十分に反映されていなかった。
「国際協力では、本来、まず現場の声を聞いて現実を正確に捉え、起きている問題の構造を理解した上で支援の方法を考えるべき。それはまさに、お釈迦さんが最初に説いたことに通ずるものです。まずは苦しみと正面から向き合い、苦しみの原因や構造を見極める。そして、その苦しみが取り除かれて平安な状態になるイメージを持って、そこへ向かう正しい道を選択していく。それが大切だと再認識しました」
カンボジアの難民支援には、国際機関と日本を含む各国のNGOが関わっていたが、大河内さんは特にNGOの活動に感銘を受ける。
「一市民として現地の人たちとつながって動くNGOのスタッフは、住民参加と地域の自立を目指す支援をしていました」
この体験をきっかけに、カンボジアやパレスチナなどで活動する日本のNGOに関わるようになる。
「NGOのように、人のつながりをベースにして各国の市民社会を結びつけていく活動に、大きな意味を見出したんです」
日本においても、住民同士の協力を促し、市民の力を育てることが重要だ。そう確信した大河内さんは、やがて地元でも、コミュニティづくりや市民活動に取り組むようになった。

伽藍と集合住宅が一体化した「スクワーバ見樹院」。300年保つといわれる自然素材の住宅だ。撮影:篠田有史
寺は「共」の世界
300年以上の歴史を持つ見樹院(文京区)は、2010年、建て替えにより、集合住宅(14世帯)を含む複合施設の伽藍「スクワーバ見樹院」として生まれ変わった。
「ここはエコ・ヴィレッジなんです」
と、大河内さん。寺は普通の住宅のような玄関を持ち、シンプルな木造建築が美しい集合住宅と一体化している。そこではできる限り、雨水や自然エネルギーが利用されており、屋上には菜園もある。
土地は見樹院のものなので、住宅は100年の定期借地権を設定した分譲住宅になっている。そうすることで分譲価格が抑えられ、土地も投機対象とならない。300年は保つ天然住宅(できる限り化学物質を使わない、国産木材の家)のため、契約期間が満了となったら、住人は建物を土地所有者である寺に無償譲渡する契約で、通常の分譲住宅のように自費で更地にして返さなくていいので、解体積立金も要らない。
「ヴィレッジ」と呼ぶのは、寺と住宅の建物、その住人や周りの人たち、すべてが1つの「共同体」を形成しているからだ。建設事業自体、寺の檀家など見樹院に関わる多くの人たちが発案し、見樹院と入居予定者が構成する「建設組合」によって計画、実施された。設計から管理の方法まで、住民が意見を出し合い決めていったのだ。住民同士の関係性が豊かになり、皆が安心して暮らせるコミュニティが形成された。
「ここの4階にはゲストルームがあり、出産の手伝いに来た母親が滞在したり、震災後には気仙沼から避難してきた人にいてもらったりしたこともあります。住民会議はいつも、お寺で開いています。本堂は、子どもの反省部屋です」
と、大河内さんは笑う。
本堂では、講談やコンサートなどの文化芸術行事も開かれる。寺が共同体の中心となり、人々が集う場を提供し、新たな結びつきと信頼の文化を育てている。
「もともとお寺というのは、『共』の世界なんです。日本では、『公共』の公ばかりが強く、共が弱い。お寺が社会に開かれた場を創り、共の力、つまり市民社会を育んでいくことが、未来を支える力になると思うんです」
大河内さんの思いは、自身が住職を務める2つの寺を通じて、具体化されていく。見樹院には、北インドのチベット文化圏・ラダックとの国際協力・交流を行うNPO法人「ジュレー・ラダック」の事務所も置かれ、市民の社会活動の拠点となっている。見樹院以上に、NGOやNPOとの関わりが深いのは、江戸川区にある寿光院だ。

モダンな建物、寿光院の正面。入口の上には、サンスクリット語の発音表記で「南無阿弥陀仏(NAMO AMITAYUS)」と書かれている。撮影:篠田有史
市民主体で社会を変える
寿光院も、見樹院と同じく300年を超える歴史ある寺だが、現在の伽藍は1999年に建てられたモダンな建築だ。チベット仏教の寺をモチーフにしているというが、正面の丸いステンドグラス風の飾りは教会のような雰囲気も感じさせ、信仰に関わらず誰もが受け入れられる空気が漂う。敷地の片隅には古い家が建っており、住む場所に困った移民などのためのシェアハウスとして利用されている。「大乗仏教はすばらしい」と話す米国人のトムさんがそこに暮らし、翻訳・通訳の仕事をしながら、管理人を務める。
寺の屋根には、太陽光パネルが並ぶ。大河内さんが地域の仲間と設立し、理事を務めるNPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ(以後、足温ネット)」が、1999年の竣工当初から設置したものだ。足温ネットの活動は、1997年12月に京都で開催された「気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)」に向けて、市民が主体的に地球温暖化対策に取り組むべきだと考える住民が集まり、始まった。
大河内さんは言う。
「途上国では、国際協力の名の下に、庶民がより貧しくなるような投資や環境破壊が行われてきました。先進国が推し進める経済開発が、農村と都市の格差を拡げ、不公平で非民主的な社会を生み出し、あらゆる場所で自然を破壊してきたんです。その結果として生まれている温暖化問題は、私たちが足元から取り組むべき課題だと思いました」
足温ネットは、まず、区内に多くある自動車解体業者で、カーエアコンを解体する際に出るフロンガスを回収することを考える。
「区長にも話をすると、私たち市民が言いはじめたことが、最終的には区の事業になったんですよ」
と、事務局長で寿光院の檀家総代も務める山﨑求博さん(53)が、微笑む。
事業の成果は、COP3でも発表された。その後も、節電のために冷蔵庫を買い替える資金を無利子で貸し付けたり、市民が自ら出資する太陽光発電所(市民立発電所)を造ったりと、温室効果ガスの削減を地域レベルから実現していこうと活動を続ける。

寿光院の裏手には、寺の屋根を利用した「市民立江戸川第一発電所」の目印が建っていると、教えてくれる大河内さん。2013年に増設された発電所「えど・そら1号」の電気は自然エネルギー電力会社「みんな電力」に売電している。なお、えど・そらは、現在、3号機まである。撮影:篠田有史
