imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

変革への闘い

「社会的連帯経済」への誘い7「さるぼぼコイン」 地域通貨で感謝の連鎖を生み出す

工藤律子(ジャーナリスト)

この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!

 日本では、2000年前後に注目を浴びた「地域通貨」。特定の地域やコミュニティ内でのモノやサービスの交換に使用する通貨として、地域の活性化に利用されたが、期待されたほどは広まらなかった。そんな中、2017年、岐阜県高山市で生まれた電子地域通貨「さるぼぼコイン」は、利用者を広げ、地域通貨の新たな可能性を示している。その仕掛け人である飛騨信用組合の古里圭史さん(42)を訪ねた。

 

さるぼぼコインを熱く語る古里圭史さん。撮影:篠田有史

電子化で一気に広める

 従来の地域通貨は、行政やNPO法人、市民グループが紙で発行するものが一般的だ。しかし、さるぼぼコインは、金融機関である飛騨信用組合が発行・運営するモバイル決済の地域通貨。黄緑色のかわいい子どもの顔が浮かぶさるぼぼコインのマークは、飛騨地方で昔から作られている「さるぼぼ(飛騨弁で『猿の赤ん坊』の意)人形」をモチーフにしている。専用のアプリを使って支払いをすると、「あんとう!」(飛騨弁で「ありがとう」の意)と言う地元の少女の声が流れる。
「かわいくて、親しみやすく、ワクワクする地域通貨にしたいと思ったんです。そして、まず地域経済に一気に広げようと考えました」
 古里さんは、そう声を弾ませる。
 すでに2万人を超える人が利用しており、その累計流通額は約31億円だ。普及の背景には、その利便性と、古里さんを中心とする担当チーム(7人)が考えた色々な仕掛けがある。
 飛騨信用組合に口座を持っていなくても、スマートフォンに専用アプリをダウンロードし、飛騨信用組合の窓口や飛騨・高山市内に4台ある専用チャージ機、全国のセブン銀行ATMでお金をチャージすれば、誰でも利用することができる。支払いも専用アプリを使ってQRコードで行えるので、とても便利だ。飛騨信用組合に口座のある人は、預金からチャージすることもできる。また、飛騨信用組合に口座を持つ個人や事業者同士なら、互いの送金にも使える。

飛騨信用組合の窓口で、さるぼぼコインをチャージする。撮影:篠田有史

 利用地域である高山市、飛騨市、白川村には、現在、1500以上の加盟店がある。地元のスーパーマーケットチェーンや飲食店、道の駅など、町を歩くと至るところで、さるぼぼコインのマークを見かける。
「主婦は結構使っていますよ」と話すのは、地酒を販売するさるぼぼコイン加盟店のレジに立つ女性。自身も地元スーパーでの支払いは、さるぼぼコインで行っていると言う。タクシーや観光バス、ホテルや民宿などでも使えるので、観光客にも利用されている。ユーザーは誰でもチャージするだけで、1%のプレミアムポイントがもらえるのもうれしい。
 地元の人はもちろん地域外から訪れる人が楽しめる仕掛けとして、情報サイト「さるぼぼコインタウン」で特別な利用機会が紹介されている。このサイトには、「飛騨高山の裏メニュー」と銘打った、さるぼぼコインでしか買えない地元の商品・サービスが並ぶ。日本酒好きにはたまらない「酒蔵でしか飲めない『幻の純米大吟醸』」、おいしいこと請け合いの「工場で食べる『揚げたて』のあげづけ(タレが染み込んだ油揚げ)」、熊の意外な一面を知ることができる「マタギに聞く『熊トリビア』、売ります!」など。古里さんが「地域の業者さんとずっと話し合って考えた」ユニークなラインナップが揃っている。

「さるぼぼコインタウン」に掲載されている高山市・古川屋の「あげづけ」は、地域定番の味。2度揚げで作られた揚げたての味は、また格別だ。撮影:篠田有史

 行政と連携した取り組みも豊富だ。
「市に納める税金や公共料金、各種証明書の手数料、公立病院での支払いなど、すべてさるぼぼコインが使えます」
と、古里さん。ほかにも、飛騨市のプレミアム商品券の一部や消費者還元ポイント、マイナポイントをさるぼぼコインで発行したり、移住者や子育て世代への給付金に利用するなど、地域住民の生活に直結する事業がたくさんある。
「災害情報や避難勧告、猪が出たところから半径100メートル以内にいるユーザーにはさるぼぼコインアプリを通じて出没情報が届いたりもするんですよ」
 パンデミック下では、加盟店への支援の仕組みも作られた。古里さんによると、
「加盟店が個々に先払クーポンを発行できるようにしました。申し込みさえすれば、加盟店はこの仕組みをコストゼロで利用できます。例えば、お寿司屋さんのような飲食店は、苦しい状況の中で、一定期間内に利用できる食事クーポンを発行していました」
 なお、このクーポンの有効期限は購入から6カ月以内。地元の商店街との連携では、コロナ不況対策としてユーザーへの20%のポイント還元キャンペーンも実施された。
 こうしたさるぼぼコインの取り組みは、電子マネーを使った地域通貨の先駆けとして、千葉県木更津市の「アクアコイン」や東京都世田谷区の「せたがやPay」など、ほかの地域における電子地域通貨の誕生も後押しした。

観光客が訪れる酒蔵が並ぶ地区の蕎麦屋でも、さるぼぼコインが使える。撮影:篠田有史

手触り感のある経済

「さるぼぼコインを通して、便利な暮らしと豊かなコミュニケーションを地域に広げていきたいんです」
 飛騨市出身で地元の活性化に意欲を燃やす古里さんだが、実は大学入学からの10年ほどは、東京で生活していた。
「大学を卒業して就職した会社で、初めて会計や監査といった仕事を知りました。当時はファシリティ部門というところで床下の配線作業などをしていたんですが、自分の時間を使って少しずつ簿記の勉強を始め、公認会計士の資格を取って大手の監査法人で働くようになったんです」
 そんな折、父親のつながりで地元の飛騨信用組合からラブコールが。
「組合のトップの方が、これからは若い力が改革を進めていく時代なんだと熱く語られるのを聞いて、自分も何かに挑戦したいと思いました」
 そう話す古里さんには、もうひとつ、挑戦に踏み切る理由があった。
「東京で信用組合への転職の相談をした時、年配の上司から『やめたほうがいい』と言われました。地元に戻って信用組合に入り、ダメだった場合、君の市場価値が下がってしまうことになるから、と言うんです。それで逆に、意地でも地元で力を発揮してやるぞ、と思いました」
 当時はまだ世間で“地方再生”や“Uターン”が肯定的には語られておらず、東京から地方の小さな金融機関に転職するのは、「都落ち扱いだった」と苦笑する。しかし、古里さんにとっては、それが地域通貨の仕掛け人へとつながる、新たなチャンスだった。
「信用組合で働き始めて初めて気づきましたが、地方の経済は、本当に生々しい手触り感のある経済なんです」
 東京で企業の会計監査をしていた時は、金額が大きすぎて「まるで数字ゲームをしているような感覚だった」と話す。所有(株主)と経営(会社)が分かれている大企業では、会社がダメになっても経営者個人の財産がすべて奪われるわけではないが、地方経済の主役である中小企業・組織では、自分たちの事業と暮らしが密接に結びついているため、会社と個人、そして地域経済が運命共同体だと感じる。古里さんが組合員として働く飛騨信用組合のような「信用組合」組織においては、特にそうだと言う。
「同じ金融機関でも、銀行は株式会社で営利目的の組織ですが、信用組合は非営利。住民が、地域に必要な金融機関を自分たちで出資(飛騨信用組合の場合は、1口1000円)して創り、組合員全員(現在約2万6000人)で運営している組織です。だから信用組合では、出資者も労働者もお客さんも、地域住民は皆、イコールなんです」
 つまり、信用組合は、地域全体の相互扶助の仕組みの中に置かれた、地域経済の一部なのだ。
「全体の経済的地盤が安定し整っていないと自分自身の商売も成り立たないということを、皆、肌感覚で知っているので、同業者の間でも、必然的に協力し合うんです」

酒蔵が並ぶ高山の古い街並みは、ふだんなら、多くの観光客で賑わう地域だ。撮影:篠田有史

地域通貨で地域を変える

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。