「社会的連帯経済」への誘い5 番外編 パンデミック下のスペインで見た「社会的連帯経済」のしなやかさ
工藤律子(ジャーナリスト)
この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!
世界的なパンデミックは、私たちに、社会の理想と生き方の再考を迫っている。そのなかで、「社会的連帯経済」はどんな役割を担っているのか、また担っていくべきなのか。パンデミック下で社会的連帯経済に取り組むスペインの人たちの姿は、それを考えるためのヒントを与えてくれる。2021年7月から8月にかけて取材したスペインの現状を通して、社会的連帯経済の現在と未来を考えてみよう。
サラゴサでの朝食会に集まった労働者協同組合の組合員たち。右端が主催者・REASアラゴンのスタッフ。撮影:篠田有史
暮らしを支える「時間銀行」
COVID-19による死者が日本の5倍近く(2021年10月中旬時点で約8万7000人)におよぶスペインでは、2020年の3月中旬から翌21年5月初旬の間に計2回、緊急事態宣言が発令された。合わせて約9カ月半、日本よりもずっと厳しい外出制限を課せられた人々は、長く息苦しい月日をすごした。なかでも、一人暮らしの高齢者や学生、ひとり親家庭、移民家族など、周りとのつながりが生きていくために不可欠だった人たちは、生活に大きな打撃を受けた。
そんな時、大いに活躍したのが、「時間銀行」だ。時間銀行とは、社会的連帯経済の枠組みに含まれる「補完通貨」の一種。「◯◯時間銀行」というグループをつくり、メンバー同士が日頃から時間を使って助け合うことで、持ちつ持たれつの関係を築く。例えば、パソコンが動かなくて困ったら、パソコンに詳しいメンバーに直してもらい、かかった「時間」を支払う。修理した人はもらった時間を「時間預金」として貯めておき、自分が何かを頼みたい時に使う。このように「時間」を単位として、人と人とがサービスのやり取りをする仕組みだ。
スペインには、隣人や職場のグループから役所まで、多様な主体が運営する大小様々な時間銀行が、100近く存在する。
「私たちの町では、時間銀行が、生活支援のための活動を推進する役割を担いました」
そう話すのは、首都マドリードの北西約160キロにあるバヤドリード(人口約30万)の市役所が運営する時間銀行の職員、社会教育士のアマーヤだ。町の時間銀行には、現在20代から80代までの市民626人が登録しており、約半数が活発にサービスのやり取りをしている。その信頼のネットワークを使って、外出制限下で手助けが必要な人のために動くボランティアを募ったところ、100人以上が集まった。
時間銀行メンバーでボランティアの1人、ラファエルは言う。
「毎日のように電話をもらっては、買い物を頼まれ、自転車で駆け回っていました。高齢者のなかには、食料や日用品だけでなく、必要な薬を買いに出ることができず、知らない人にお金を渡して頼むのは心配だからと、頼りにしてくれる人もいたんです」
同じく時間銀行メンバーのベゴーニャも、「頼まれれば、何でも引き受けました」と、笑顔を浮かべる。
バヤドリード時間銀行事務所にて。左から職員のアマーヤ、メンバーのベゴーニャとラファエル。撮影:篠田有史
町では本来、赤十字社がパンデミック下での生活支援全般を担うはずだった。だが、細かい要望までは対応しきれず、時間銀行の出番となったのだ。高齢者など感染時の重症化リスクの高い人のための買い物代行に至っては、時間銀行が集めたボランティアが頼みの綱となり、「市内のスーパーマーケットでは、時間銀行から来たボランティア専用のレジまで生まれました」と、アマーヤ。特に状況が厳しかった最初の緊急事態宣言の間には、バヤドリード時間銀行のコーディネーションによって400回を超えるボランティア活動が行われたという。
各地にある時間銀行でも、バヤドリード同様に、隣人の買い物代行をしたり、ビデオ電話で一人暮らしの人を気遣ったり、必要な時は家まで様子を見に行ったりする人たちがいた。また、普段は互いに家を訪ねたり、集まって活動したりしているメンバー同士が、オンライン活動で絆を深めていった。
オンライン交流が広まったことは、国内はもちろん世界各地の時間銀行のオンライン企画に参加したり共同企画を開催したりすることを可能にした。家に閉じ込められた人々が、時間銀行のネットワークを駆使して、よりグローバルな人のつながりを築いていったわけだ。
スペイン語・ポルトガル語圏全体の時間銀行をつなぐ「イベロアメリカ時間銀行協会」の代表、フリオ・ヒスベールは、その状況をこう例える。
「時間銀行は、大いなる家族」
人の暮らしを支えるのは、お金ではなく、人のつながりだということだろう。
ネットワークのなかに身を置く
パンデミックのなか、スペインの社会的連帯経済の中核を担う「労働者協同組合」にはどのような影響があったのだろうか。直接話を聞くために、マドリード州の東隣、アラゴン州の州都サラゴサで、6つの労働者協同組合の組合員との朝食会に参加した。
会を企画したのは、各自治州の社会的連帯経済に属する組織をつなぐ「オルタナティブ連帯経済ネットワーク(REAS)」のアラゴン支部だ。REASも所属する全国の社会的連帯経済ネットワーク組織・団体のまとめ役「社会的経済スペイン企業連合(CEPES)」のアラゴン支部も協力した。彼らの呼びかけで、サラゴサ市内やその近郊にある労働者協同組合の仲間たちが、街の中心にある自転車修理・販売・レンタル協同組合「ラ・シクレリーア」が運営するカフェに集まった。
場所を提供した「ラ・シクレリーア」の組合員、アルトゥーロは、私がパンデミックの影響を尋ねると、開口一番、「感染予防のために、自転車の利用は、品不足に陥るほど増えました」と言った。自転車修理の講習会に参加する客も以前より多くなったと話す。
エコ建築・リフォーム・インテリアを手がける協同組合で写真撮影を担当するエリッサも、「環境や住まいのことを考える人が増え、建築やリフォームの依頼が続いています」と微笑む。ただ、写真撮影の仕事は減っているため、組合員4人で仕事量にかかわらず収入を分け合い、バランスを取っていると説明する。
エコ建築・リフォーム・インテリア協同組合「アウプロ・コーペラティーバ」組合員のエリッサ。「フリーランスの頃は自分へのプレッシャーが苦しかった。今は助け合えるし、学びが多い」と話す。撮影:篠田有史
精神障害者支援に取り組むサルバドールは、パンデミックの初期、感染リスクの高い障害者が住む施設の運営に「神経を使って5キロ痩せました」と、苦笑する。その一方で、普段からつながりのある市役所や州政府に、医療従事者用のマスクや防護服の生産を障害者の作業所で請け負う提案をし、予算を得たことで、新たな可能性が開かれたと胸を張る。
経営・法律のコンサルタントを行う協同組合で働くピラールも、普段の何倍も忙しく苦しい日々が続いたという。政府の緊急支援策である一時解雇給付金や年金給付などの行政手続きがすべてオンラインになったため、対応できない人がこぞって相談に来たからだ。「生活に困っている人から手数料を取るのはためらわれることもありました。そんな時は、REASの仲間に悩みを相談しました」。
学校などで性教育を実施する協同組合のビクトリアは、学校でのワークショップの大半がキャンセルになったが、政府の一時解雇給付金を申請することで何とか乗り切ったそうだ。子どもや若者の地域参加を促すワークショップを実施するマリカルメンも、同じく一時解雇給付金などを使って危機に対応したと語る。そのうえで、こう言い添えた。
「経済的には苦しい面もあったけれど、絶望感はありませんでした。社会的連帯経済の仲間のネットワークのなかにいるだけで、安心できたんです。競争するのではなく協力し合い、喜びも苦しみも分かち合っていますからね」
この日集まったメンバーは、それぞれ運営する事業の内容も規模も異なるが、皆、同じREASアラゴンに所属する仲間だ。連帯のネットワークのなかに身を置いていることで、危機の最中でも不安を抱えずに、安心して仕事を続けてきたという。「久しぶりの対面の集まり」だというこの朝食会も、その絆を再確認する場となったようだ。
サラゴサでの労働者協同組合の組合員たちによる朝食会。(右手でPCを開いているのは筆者)撮影:篠田有史
