「社会的連帯経済」への誘い4「ワーカーズ・コレクティブ とまと」自分を生かせる場を地域に協同で創る女性たち
工藤律子(ジャーナリスト)
この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!
自分が子育てをする地域で、仲間とともに家族にとっても大切な「食」を扱う仕事を自ら起こし働けば、そこには新たな生き方が生まれる。そう考える女性たちが運営するのが、東京都国立市で仕出し弁当を製造、販売する〈ワーカーズ・コレクティブ とまと〉だ。

新生〈とまと〉の仲間たち。一番右が代表の遁所朋江さん。撮影:篠田有史
「気持ちが穏やかになる職場」
〈とまと〉の1日は、朝7時半に始まる。前日に下拵えした食材を、手際よく調理していく。ご飯は白米と玄米の2種類、おかずは日替わり弁当用に5種類用意される。そぼろ丼、ドライカレーなどもある。
私たちが訪ねた朝10時前、住宅街の一角にある広い厨房では、6人が調理と弁当箱に料理を詰める作業をしていた。3人が料理を仕上げ、あとの3人が注文札を見ながら弁当箱をセットしていく。
「青菜、いけそう? かき揚げはどう?」
作業の進行を確認するのは、代表の遁所(とんどころ)朋江さん(51)。この日の段取り担当として、常に全体を見渡し、声をかける。
〈とまと〉の厨房は忙しいが、メンバーそれぞれが臨機応変に作業をこなしていく。撮影:篠田有史
ある程度、調理が終わった10時頃にもう1人、少し年配のスタッフが現れた。
「立ち上げメンバーの角田さんです」
と、遁所さんが教えてくれる。
角田光子さん(72)は、1993年に〈とまと〉を立ち上げたメンバーの1人で、体力的にフルタイム労働は難しくなった2021年春からは、アルバイトとして働いている。
「元気なうちは、この仕事を続けたいです」
と、今も意欲は満々だ。ベテランの存在は貴重で、さりげないサポートが皆の仕事運びを円滑にする。
そんな角田さんを「国立の母」と慕うのは、遁所さんと二人三脚で今の〈とまと〉を牽引する渡辺朋子さん(56)だ。遁所さんは渡辺さんのことを「同志」と呼ぶ。
「1年目は、弁当を配達するアルバイトとして入ったんですが、料理が好きだし、『おいしい!』という反応を聞けるのも魅力で、もっといいものを、と工夫を重ねるうちにここまで来ました」
と、渡辺さんは微笑む。
7人それぞれが作業をこなしていくなか、「真んなかで火にかかっている鍋をみて〜」、「恭子ちゃん、刻み作業は私が入るから、ご飯の担当代わって〜」と、時々、遁所さんの快活な声が厨房に響く。
「恭子ちゃん」とは、若手のメンバー、岩崎恭子さん(44)のことだ。
「料理は苦手ですが、他人に雇われるのではなく、すべて自分たちでできることが魅力で、続けています」
そう話す岩崎さんは、子どもを保育園に預けて、フルタイムで活躍する。
この日働いているなかで一番若手の大森美帆さん(39)は、遁所さんにスカウトされて、約2年前にメンバーになった。最初は子育てが忙しく昼12時半までの勤務だったが、今は1日働いている。
「子どもが病気の時は、勤務時間を調整してもらえるし、働きやすいんです」
と大森さんは言う。
配達は車で。毎日届ける先には、回収できる弁当箱を風呂敷でまとめて届ける。撮影:篠田有史
10時半過ぎ、日替わり弁当「さわらの梅ドレッシングと麻婆茄子」120個が完成。店に直接来る客の分を除いたものを車に積み込んで、2人が配送に出る。残りのメンバーは、注文のあったそぼろ丼作りや店頭受付、翌日の仕込みに取りかかる。
〈とまと〉の1日は、相当な重労働だ。それでも遁所さんはこう言い切る。
「体は疲れても、気持ちがこんなに穏やかになる職場はないんです」
好きでやりがいのある仕事を、気心の知れた仲間とともに作り上げ、自信を持って地域の人々に届けられる充実感が、遁所さんにそう言わせるのだろう。
始まりは「生活クラブ生協」
遁所さんが〈とまと〉と出会ったのは、結婚して、引っ越しした場所で、生活クラブ生協(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会)の共同購入グループ(班)のメンバーになったことがきっかけだった。
「ある時、班の先輩に、〈ワーカーズ・コレクティブ とまと〉で配達のアルバイトを探していると言われたんです」
ワーカーズ・コレクティブとは、生活クラブ生協に参加する主婦たちの手で、1980年代に創られ始めた労働者協同組合だ。ワーカーズ・コレクティブでは、人に雇われるのではなく、地域に根差した労働の場を、女性たちが自ら出資し、働き、経営する。生活クラブ生協の組合員は、もともと自分たちで、安心、安全で環境に配慮した食品・日用品の生産や開発、流通に関わっている。そんな女性たちの主体的な社会参加を、労働面でさらに前進させたのが、ワーカーズ・コレクティブだ。2020年12月に成立した労働者協同組合法が施行されれば、こうした働き方が法的にも制度化されるが、それまでは法的な枠組みがない。そのため、法人登録する際には、企業組合や、NPO法人、一般社団法人など、さまざまかたちをとっている。
「私は、もともと自宅でピアノを教える仕事をしていたのですが、生活クラブを通じてワーカーズ・コレクティブという働き方を知り、つながりが生まれる職場に魅力を感じました。だから、〈とまと〉に入ったんです」
〈とまと〉は、1993年にできたワーカーズ・コレクティブで、角田さんをはじめ、生活クラブ生協が大切にしている「安全・安心な食」に関心の高い主婦たち8人が、立ち上げた。2000年には企業組合の法人格を取得し、市の高齢者デイサービスへの配食など、大口の仕事も請け負うようになる。ところが、次第に働くメンバーの体力が仕事量に追いつかなくなり、体調を崩す者も。やむなく大口の注文は断ることにしたが、今度は赤字が問題になった。
「〈とまと〉が始まった1990年代には、お弁当を1個から配送する店なんてなかったので重宝がられ、売り上げもよかったんです。でも、やがてコンビニでもやるようになって価格競争が激しくなり、値段を抑えようとすると赤字になってしまいました。経営にしっかり携われるメンバーがいないなか、うまく対応しきれなかったんです」
立て直しを図るためにメンバーの世代交代を試みたが、うまくいかず、2019年、〈とまと〉は遂に存続の危機に陥る。
「立ち上げメンバーは、いわゆる『団塊の世代』。専業主婦が多く、それでも自分らしい何かがやりたいという強い思いを抱いている人たちが、すごいパワーで事業を創ってきました。その分、引き継げる世代を育てる必要を感じる間もなく来たのだと思います。そこで私と渡辺は力を合わせて何年間も、生活クラブのいろんな若い人に声をかけてきたんですが……」
遁所さんら中堅メンバーが若いメンバーの育成を考え始めた頃には、女性を取り巻く環境自体が大きく変わっていた。専業主婦は少なくなり、一生働きたいと考えている女性ならば、高収入でフルタイムの職場を求める。その一方、収入よりも家事と並行してできる仕事を求める女性たちは、気軽に働ける職場を欲していた。収入はまあまあだが、人に雇われるのではなく、自分たちで出資し経営するという「ワーカーズ・コレクティブ」の働き方で働く意欲のある人は、なかなか見つからなかったのだ。世代交代は、ワーカーズ・コレクティブ全体の課題のひとつともなっている。
「どうしたら〈とまと〉の活動をつなげられるのか。若手、中堅、ベテランがそれぞれの意見を出し合って、議論しました。その結果、やはり解散を前提にしながら、2020年の1年間は、お客さんにその経緯をきちんと説明する時間にしようということになったんです。それでも、20年近くこの仕事を続けてきた私自身は、どうにか続けられないものかという思いを、捨てきれませんでした」
遁所さんは、決算書を所管行政庁に提出する義務を負う企業組合のような、常に経営を問われる事業体は潰しても、誇りをもってやってきた仕事を仲間と楽しんで続けられる場としての〈とまと〉は、失いたくなかったのだ。
そこで思いついたのが、生活クラブ生協の活動を通してつながりがあり、同じ地域で活動するワーカーズ・コレクティブ「ぷろぼの工房」(一般社団法人)への統合だった。
