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変革への闘い

ラテンギャング・ストーリー18 マラスと生きる女性たち〜スカーレット

工藤律子(ジャーナリスト)

 コロナ危機のさなか、元ギャングリーダーで牧師であるアンジェロたちは、ホンジュラスの首都テグシガルパで困窮者への食料支援をしている。支援を受けている人々の中には、夫や父親が服役中で元マラスのメンバーだという家庭もある。中米の若者ギャング団「マラス」の庇護を受けられる場合は生活に困らないが、服役中に信仰に目覚めてマラスを抜けてしまうと、そうはいかないからだ。

ギャング世界に育つ

 2019年9月、警備最高レベルの刑務所ラ・トルバを訪れた日の夜、私たちはアンジェロの自宅へ夕食に招かれた。アンジェロの家は、いわゆるスラムとは少し趣の異なる、落ち着いた雰囲気の住宅街にあった。私たちが訪れた子ども食堂がある地域のような危険な気配は、感じられない。アンジェロは門を開け、家の前の広いガレージスペースにバイクを停めると、私たちを中へと招き入れた。

 妻のシオマーラが夕食を準備する間、私は、アンジェロが呼んだ彼の教会仲間に、インタビューをすることになった。アンジェロがガレージスペースに用意してくれたテーブルを挟んで「夫はマラ・サルバトゥルーチャ(MS-13、二大マラスの一つ)のベテランメンバー」だという女性、スカーレットに話を聞いた。

 今回、私は特に、マラスに関わる女性たちの声を聞きたいと思っていた。2014年と2015年の取材では、ギャング少年や青年たちの話は聞けたが、彼らとともにギャングの世界に生きる少女や女性のことは、あまりよく知る機会がなかったからだ。

 スカーレットは、波打つロングヘアを肩まで垂らし、瞳にはどこかメランコリックな翳りを湛えていた。一体どういう経緯で、凶悪なギャングとされる男性と結婚をしたのだろうか。私はまず、彼女の子ども時代から話をしてくれるように頼んだ。すると彼女は、アンジェロにインタビューの話を聞いて以来、会うのを楽しみにしていたと微笑み、リラックスした様子で語り始めた。

アンジェロの自宅のガレージで話をするスカーレット。撮影:篠田有史

「ウチは8人家族でした。父はタクシー運転手で、母はトルティージャ(挽いたトウモロコシを水で練り、平たくのばして焼いたもの)屋をしていました。私が長女で、下に弟が2人、妹が3人います。でも弟2人はもう死にました。別居していた母も2年前に病死しました」

 弟たちは「敵に殺された」という。二人ともMS-13のメンバーだったが、敵対するマラス「バリオ・ディエシオチョ(M-18)」に殺害された。15歳と21歳という若さだった。

「私の人生は、ずっとギャングに支配されてきました。生まれ育ったスラムでは、少年たちはギャングになるのが当たり前だったので、私が付き合っていた男の子は皆、地域を支配するMS-13のメンバーでした。ガールフレンドになれば、自動的にマラスの世界に関わることになる。彼らギャングの人生の一部になるんです」

 スカーレットは10代の頃から、ボーイフレンドやその仲間とともに、夜はよくストリートで酒を飲み、踊り、麻薬をやっていた。時には、彼らの縄張りの入り口で「バンデーラ(見張り役)」もやった。皆と同じようにタトゥーも入れた。学校には通っていたが、家にはほとんどいなかった。いたくなかったのだ。

愛に飢えた少女

「両親は、私がまだ10歳そこそこの時に離婚しました。それからきょうだいはバラバラに。弟と妹は、叔父の家に預けられたり、他人の手に渡されたりしました。私だけは、実の父と祖母のもとで暮らしましたが、ひどい扱いを受けました。常に暴力を振るわれ、罵声ばかり浴びせられたんです」

 家にいるのが辛かった少女は、ほとんどの時間をギャングたちと過ごす。そして、15歳の時に、同級生だったボーイフレンドとの間に長男を身ごもる。それをきっかけに実家を飛び出し、彼の家族と暮らすようになった。

「子どもだった私は、祖母や父の虐待から逃れたい一心で、彼のもとへ走ったんです。そして出産。中学を出ずに子育てを始めることになりました。でも、彼の家族と暮らすようになったおかげで、初めて『愛情』というものを知りました」

 安堵にも似た笑みが浮かぶ。パートナーとなった少年の両親は、敬虔なキリスト教徒で、慈愛に満ちた人たちだった。

「私のことを、実の娘のように愛してくれました。本当の両親や祖母からは一度も受けたことのない愛情を、与えてくれたんです。今でも、家族付き合いを続けています。でも、息子の父親とは、半年後に別れることになりました。彼の暴力がエスカレートしていったからです」

 スカーレットの少女時代は、アンジェロたちが支援する子ども食堂で聞いた、スラムの少女がよく経験する厳しい人生そのものだった。その苦難は、更に続く。パートナーからの暴力を逃れるために、子連れで家を出て、路上生活をする羽目になってしまう。

ホンジュラスの首都テグシガルパ市内、MS-13が支配するスラムの入口。 撮影:篠田有史

「とにかく町を転々として歩きました。夜は雨風が凌げる場所なら、どこででも寝ました。辛くなって父のもとへ戻っても、すぐに追い出され、落ち着ける場所がどこにもありませんでした。心細く、息子が7歳の時に、また別の男性と暮らすようになったんです」

 彼女は、ラテンアメリカの貧困層の少女や女性たちがよく陥る悪循環の只中にいた。男に騙されたり暴力を振るわれたりした後に、捨てられたり別れたり。その後しばらくは自力で生きていこうと試みるが、自信がないために不安に襲われ、また別の男を頼る。だが、大抵は男がだらしないうえに高圧的なので、結局いろいろと我慢しながら家計を支えるのは、自分自身ということになる。それでも懲りずに、同じ失敗を繰り返すのだ。

「そう、結局は2番目の彼もマリファナを吸っては暴力を振るい、女遊びに明け暮れていました。彼との間には次男が生まれましたが、それでも彼は態度を改めなかったので、別れました」

 この時、スカーレットは21歳。日本人なら、大抵はまだ自分の青春を楽しんでいる年頃だ。

「子ども二人を連れて、再び路上生活に。それでも、私は息子たちを何とか学校に通わせようと、できる仕事なら何でもやりました」

 努力の甲斐あって、息子たちは路上から学校へ通い続ける。 

「この国の政府は貧乏人を助けてはくれません。特に女はそう。自力で歩むしかない。だから、国中どこへ行っても、道端で物を売っては日銭を稼ぎ、路上で寝起きする母子やストリートチルドレンを見かけるんです」

 自分の状況が決して特殊なわけでなく、これはホンジュラスという国のあり方の問題だと、彼女は理解していた。だが、路上で生き延びる日々を送っていた少女時代は、そんなことに思い至る余裕もなかった。とにかく子どもたちが毎日、ご飯を食べ、通学し、ギャングにならずに成長していくことだけを考えていた。そして何より、自分を包み込み守ってくれる本当の愛を求めていた。

ホンジュラスの首都テグシガルパ市内、スラム地域にある市場の日常。撮影:篠田有史

 

神の言葉とギャングの愛

 その愛は、またしてもギャングの世界で見つけることになる。

「私よりも、息子たちが先に彼を好きになったんですよ」

 スカーレットは、そう目を細めた。次男の父親と別れた約1年後に出会った、今の夫の話を始めた時のことだ。従姉が服役中の夫に会いに行く際に付き添ったことが、新たな運命の始まりだった。

「従姉の夫はMS-13のメンバーで、タマラ(2016年11月以前のホンジュラスで最大の刑務所マルコ・アウレリオ・ソトの通称。アンジェロもここにいた)に収監されていました。そこではマラスが刑務所内をコントロールしており、誰でも面会に行けましたし、何でも持ち込み可能でした。だから気軽について行ったんです」

 従姉の夫は、彼女に仲間を一人紹介する。のちに夫となるサウル(36)だ。初めは友人として、時に子連れで面会に行っていたが、やがて二人の間に愛情が芽生える。

「子どもたちは、サウルを『お父さん』と呼ぶようになりました。タトゥーだらけの外見は恐ろしい印象しか与えませんが、本当は愛情深く、まっすぐな心の持ち主だからです。私も、本気で愛するようになりました」

 彼女が愛し始めた男・サウルは、マラスが最も勢力を持つホンジュラス第二の都市、サン・ペドロ・スーラのスラムを支配するMS-13の地域リーダーだった。10歳でMS-13に入り、生真面目なキリスト教徒である両親が何度も抜けるように頼んだにもかかわらず、ギャングとして犯罪に関わり続けた。そして18歳で逮捕され、殺人罪で刑務所に入る。懲役19年の刑だ。

 スカーレットは、そんな彼と2019年の春、ラ・トルバ刑務所内で結婚式を挙げた。

「何年もかけて考えた末に出した結論でした」

 彼が16年から収監されているラ・トルバでは、妻子や親など家族でないと面会は許されないからだ。

「ということは、私がラ・トルバで会った人たちの中にサウルもいたわけね」

 私は、その朝会ったギャングたちの顔を思い出していた。サウルという名に聞き覚えもある。

「この人です」

 スカーレットが、アンジェロのスマートフォンに保存されている写真を見せてくれる。アンジェロの隣に立つ、頭から額にかけてタトゥーをした男。確かに刑務所内で握手を交わした。

ラ・トルバ刑務所内で、ダイヤー牧師(左奥)がスカーレット(右端)とサウルの結婚式を行った。(アンジェロ提供)

「この男性と結婚したんですか」

 私は少し驚きながら言った。ラ・トルバで話した感じではいい人のようだったが、わざわざ刑務所で式を挙げてまで夫婦になったというのは、相当な決意だ。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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