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連載

変革への闘い

「ラテンギャング・ストーリー」17 神に導かれた仲間

工藤律子(ジャーナリスト)

 ホンジュラスで4年ぶりに再会した元大物ギャングで牧師のアンジェロの計らいで、私たちは、米国人宣教師グループとともに、最新の警備システムを備えたラ・トルバ刑務所に入ることができた。そこには、全身タトゥーだらけの若者ギャング団「マラス」のメンバーがいた。時に少年のような無邪気さを示す男たちに、宣教師たちは神の言葉を伝え、4時間の滞在を終えて刑務所をあとにした。

首都テグシガルパのスラムで、 薬物・アルコール依存症の信者を前に説教をするダイヤー牧師。

米国資本主義から離れる

 ラ・トルバからの帰り道、私たちは、アンジェロの師である米国人のダイヤー牧師が運転する車に乗った。今回初めて会った彼と、話がしたかったからだ。前回の取材の際、彼は米国での布教活動に出かけており、知り合う機会がなかった。

 数え切れないくらいの凶悪犯罪に関わったアンジェロを、塀の中で神の道へと導いた人は、想像していたよりも小柄で気さく、だがどこか神経質な雰囲気もある人物だった。

「私は15歳で信仰に目覚めたんです」

 56歳のダイヤー牧師は、そう切り出した。

「このホンジュラスに来たのがきっかけでした」

 中米では、1970年代から米国のプロテスタントの様々な教派が、熱心に布教活動を展開してきた。それには、米国でボランティアを募って病院や学校を建てるなどの慈善事業も含まれている。

「大学を出てからの5年間は、株式取引の仕事をしていました。しかし1990年、その仕事を辞めて、ホンジュラスに移住しました。教会がつくったNGO(非政府組織)で、全国に病院を建てる事業に取り組むようになったのです」

 そして2000年、聖書教育を主眼とする教会で、刑務所を訪問し神の教えを説く活動を始める。その時に出会ったのが、受刑者だったアンジェロだ。

「彼のいた刑務所で、私は4人の若者に聖書についての講義をしていました。その中で、アンジェロが一番信仰心が厚かった。そこで私は神のお告げに従い、彼と新たな教会を創ることにしたのです」

 それが今、彼らが運営する「カサ・デ・オラシオン・ファミリアール」だ。罪を犯した若者たちを神の道へと導くことを目的に、彼らは国内各地の刑務所を訪問している。

「アンジェロは、刑務所を出た直後、しばらくわが家に暮らし、神学校で学んでいました。私の息子のようなものです」

 そう話す牧師の横顔には、アンジェロを導いた「父親」としての表情が浮かぶ。

スラムの道端で眠る酔っ払いの脇で、地域の牧師(右端)と話をするダイヤー牧師(中央)とアンジェロ(左)。

 少しだけ垣間見ることができた彼の人生は、5年前の別の取材で会った米国人の若者を思い出させた。当時34歳だった彼は、2歳年下の弟と共同で、首都テグシガルパ郊外、まさにアンジェロとダイヤー牧師が出会った刑務所の近くに、地元の木材を使った積み木を作る会社を経営していた。貧困層の若者の雇用と教育支援を行うためだ。その青年起業家も、学生時代に教会のボランティアでホンジュラスを訪れ、貧困問題を目の当たりにしていた。大学卒業後は、大手経営コンサルタント会社で「どうやったら儲かるかばかり考えていた」が、そんな生活に意義を見出せなくなった時、ホンジュラスで「自分の力で社会貢献をしたいと思い、この会社を立ち上げたんです」と語った。

 この青年とダイヤー牧師、どちらも若い頃、経営コンサルタントと株式取引という米国資本主義の中心的な仕事に見切りをつけ、教会が関わる中米の貧困地域の人々のために働く道を選んだ。青年起業家は、牧師にこそならなかったが、スラムの若者たちに職を提供し、自分が信者である教会が運営する貧困層の子どものための学校に、自社の売り上げから寄付金を届けている。。

家庭を持ったカリスマ

 ダイヤー牧師が連れてきた米国人宣教師たちの中には、骨折して足サポーターを付けた青年が一人いた。刑務所で会ったマラスのメンバーと同世代の彼は、腕に漢字で「和」や「省」といった文字のタトゥーを入れていた。「漢字?」と不思議がる私に、落ち着いた口調でこう言った。

「この字は平和とか調和とかいう意味、こっちは自分の行いを省みる、心をよく見るといった意味でしょ。僕は以前、とても悪いことをしたので、そのことを忘れず穏やかに生きられるよう、書いてもらったんだ。漢字にしたのは、ほかの(米国の)人には意味がわからなくても、僕自身は見るたびにその意味を考えるように、と思ってね」

 静かな反省と決意を支えるタトゥー。もしかすると、彼はマラスのメンバーとさほど変わらない10代を過ごしたのかもしれない。だからこそ、今回のミッションに参加したのだろう。どこか影のある彼は、過去をまだ十分には乗り越えていないような空気を纏っていた。その姿は、ラ・トルバ刑務所で私に自分の名前を漢字で書いて欲しいと頼み、引き受けると無邪気に喜んだ若者たちと、どこか重なった。そんな青年たち皆の良き先輩にあたるのが、アンジェロなのだろう。

 拙著『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社刊)に書いたアンジェロの人生は、あまりにドラマチックで、まるで小説か映画のようだ。ギャング団、刑務所、教会、どこにいても彼はカリスマ性をたたえており、その言葉と振る舞いで人々の心を動かした。ある時は、牧師の仕事で移動中に強盗に撃たれて重傷を負ったが、自らバイクを飛ばして病院へ行き、平然と歩いて診察室に現れ、医者を驚愕させた。またある時は、車を運転しながら、何気なく妻の浮気の相談を始めた男性に、助手席から聖書の一節を語り、妻の過ちを許して慈悲の心で彼女と向き合うよう勧めて、心から感謝された。

アンジェロが一番力を入れている活動は、刑務所で囚人たちに聖書の教えを説くことだ。(2015年9月)

 カリスマ性と強運を持つ男・アンジェロは、神に仕えることに専念していた。服役中によく面会に来ていた女性二人や、彼女たちとの間に生まれた子ども3人と離れ、長く一人で暮らしていた。恋人はいたが、刑務所訪問に忙しくデートする時間がない彼に愛想を尽かし、離れていった。一時は「結婚の約束をした」と言っていたのに。

「私にとっては、神への奉仕が第一の使命。それを理解できない女性とは、つまり縁がなかったということです」

 このまま独身人生を続けるのかと思っていた矢先、転機が訪れる。2017年秋、カサ・デ・オラシオン・ファミリアールの仲間で、ともにボランティア活動に参加している女性と結婚したのだ。

「彼女も同じ使命を持ち、一緒に歩んでいます」

 SNSを通じて私にそうメッセージを送ってきたアンジェロは現在、子ども3人を含む家族5人で平穏に暮らしているという。そして、刑務所訪問のほかに、スラムで子ども食堂を運営する人たちを支える活動も担う。それは、ダイヤー牧師が90年代から代表を務める別のプロテスタント系NGOの活動だ。いくつかの途上国のスラムに子ども食堂を作り、運営は地元住民に任せて、施設の建設費や食材購入費の援助を行っている。テグシガルパ周辺には、同NGOの子ども食堂が5カ所あるという。アンジェロに案内され、私たちはその一つを訪れることになった。

未来を救う仲間たち

 テグシガルパの東外れ、丘の斜面に広がるスラムの一角に、それはあった。かなり急な坂道を上ったところだ。平坦な舗装道に車を停め、歩いて丘の斜面を少し下ると、長椅子と長机が並ぶ集会所のような簡素な建物が建っていた。6年前にオープンした子ども食堂だ。

「これができる以前、この地域の少年たちはマラスに入るか、乗り合いバスの客引きの仕事をすることしか考えていませんでした。少女は10代で妊娠するのが当たり前でした。でも今は神の教えを学び、きちんと食事をして学校へ通って、それぞれの未来を考えられるようになったんです」

 私たちを出迎えたのは、食堂運営の責任者である女性、エリザベス(58)だ。大工の夫(60)と大学生の息子(24)も、仕事や学業の合間に手伝っているという。

「夫の大工工房は、若者ギャングに3度も押し入られたんですよ。でも、それは彼らが悪党だというよりも、社会環境のせい。それを改善するためにこの活動をしています」

 食堂には月曜から金曜の毎日、3歳から20歳前後の子どもや若者が180人ほど食べにくる。スタッフは、全員がボランティアだ。地域の母親6、7人が交代で働く。食材費は、ダイヤー牧師が米国で「ホスト・ぺアレンツ」を募り、一人ひとりから毎月およそ4000円相当の寄付を集めて賄っている。 

 食堂の隣には、パソコンやプリンター、玩具が置かれたスペースが用意されており、学校の宿題をする子どもたちの姿がある。指導をしているのは、地域の若者だ。

子ども食堂の左手は、子どもが勉強をしたり遊んだり、母親たちが子どもたちのためのいろいろな作業をしたりするスペース。

「生まれ育ったコミュニティに貢献したいと思ったんです」

 そう話すのは、22歳の青年。彼に宿題のアドバイスを受けているのは、16歳の少女だ。

「ここに来れば、必ず誰かが勉強を助けてくれます。宿題のプリントアウトも無料だし、ウチは母子家庭で生活が苦しいので、とても助かるんです」

 少女の言葉に耳を傾けていたエリザベスが、やや低い声で私にこう語りかけた。

「女の子が勉強できるように支えることは、とても大切なんです。だって、この地域ではこの間も12歳の少女が、実の父親の手で売り飛ばされたんですよ。少年でも、ほら、あの小さい弟妹を連れている子なんて、10歳なのに、親に言われて1日8時間も工事現場で働いていたんです」

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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