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連載

変革への闘い

「ラテンギャング・ストーリー」10 新天地

工藤律子(ジャーナリスト)

 人殺しになる前にギャング団を抜けるために、故郷の町、中米ホンジュラスのサン・ペドロ・スーラを必死で飛び出し、不法移民としてメキシコにたどり着いた少年、アンドレスは、何度も危険を切り抜けた末に出会った親切な連邦警察官のおかげで、難民として合法的にメキシコに滞在できる可能性を知る。 グアテマラとの国境に近い町、タパチューラで、メキシコ連邦警察の力を借りて、この国に来てすぐに受けた地方警察による暴行を告発することができたアンドレス(当時16歳)は、その事情聴取に来た州検察庁の役人に、合法的な滞在が認められる可能性について説明を受けた。彼のように、母国にいると命に危険がおよぶ可能性のある未成年者は、その事情が認められ、難民認定を受けることができれば、合法的にメキシコで暮らせるというのだ。ただし、そのためには認定が必要な理由を詳しく説明し、審査を受け、その結果が出るのを待たなければならない。 この審査を受けることにしたアンドレスは、旅の途中で出会ったエルサルバドルの少年、アレクサンデルと別れ、ひとり移民局へ身柄を移された。移民局では、面接官にメキシコへ来た大まかな経緯を聞かれた。「マラスのことから始めて、ギャング仲間に殺人を持ちかけられて逃げてきたこととか、これまでに起きたことをできるだけ詳しく話したよ」と、少年。このまま強制送還されて、また不法移民としての旅を繰り返すことになるか、ここメキシコに落ち着き、将来をじっくり考えることができるようになるか、すべてはこれからの審査で決まる。 話を終えた後、アンドレスはタパチューラの移民局が持つ一時収容施設へと案内され、そこで難民審査を待つことになった。良い審査結果が出て欲しいと心から思ったが、はっきりとした結果が出るのはまだ何カ月も先のことだと告げられた。それまでは、この施設で待たなければならない。 移民局の施設は、1週間過ごした連邦警察の快適な施設とは対照的に、冷たく殺風景な、「刑務所」のような所だった。アンドレスのような未成年が、人道的支援を得るための審査を待つあいだに暮らす場所とは、到底思えない、そこにある刑務所の監房のような部屋が、少年の新たな住処だった。 アンドレスは言う。「とても狭い所だった。本来5、6人で使う部屋に、男子ばかり20人ほどが詰め込まれていた。部屋と部屋は金網で仕切られていて、国籍ごとに滞在する部屋が分けられていた。だから、僕がいた所にはホンジュラスの人間ばかりで、隣の部屋はグアテマラ人ばかりだった」 ホンジュラスとグアテマラ。どちらも200年ほど前までスペインの植民地だった中米の国で、今同じようにマラスの暴力に苦しんでいる。だが、歴史的にも植民地支配の中心地であったグアテマラと、そこに組み込まれ、後に離れて独立したホンジュラスでは、立ち場が異なり、人種構成も違うため、必ずしも仲が良いというわけではない。特にホンジュラス人は、自分たちに比べて先住民色が濃く、やや背が低いグアテマラ人に対して、少し優越感を抱いているふしがある。だから争いが起きないよう、部屋も分けられているのだろう。「各部屋には睡眠用にマットレスが用意されていた。でも人数分はなかった。だからいつも取り合いになって、最初のうち僕はトイレに座って寝ていたよ」 少年は渋い顔をする。「それである日、僕たちは隣のグアテマラ人の部屋から、マットレスをとってくることにしたんだ」 ホンジュラスの若者たちは、足りない分を隣の部屋から力づくで奪って補充しようと考える。「まずはこっそり、歯ブラシの柄を部屋の仕切りとなっている金網にこすりつけて研ぎ、ナイフのようにとがらせた。金網の上には天井との間に人が通れるくらいの隙間があったから、夜ナイフを持って金網をよじ上り、その隙間から隣の部屋に侵入した。そして、グアテマラ人たちをナイフで脅しておとなしくさせて、マットレスを上の隙間から自分たちの部屋へと移動させたんだ」 身振り手振りを交えて、どこか愉快そうに話すアンドレス。それにしても、ホンジュラス人のグループは一体、どういう人間の集まりなのだろう。ただ者ではなさそうだ。「僕たちの部屋には、MS(二大マラスの一つ、マラ・サルバトゥルーチャの略称)の元メンバーがいた。その少年に、“おまえはディエシオチョ(MSのライバル。スペイン語で18の意味)か?”なんて聞かれたよ」 どうやら元ギャングが何人かいたらしい。そのせいか、「僕たちの間では、マリフアナも出回っていた」。施設職員に隠れて持ち込み、部屋でこっそり吸っていたのだ。「週に2、3回、別の施設にサッカーなんかをしに行ける日があったから、そういう時に手に入れたんだ。ある時、それを何人かでトイレで吸っていたら、隣の部屋の誰かが“マリフアナの臭いがする”と騒ぎ出した。職員が駆けつけると、“吸ってるのはホンジュラス人だ!”という声が上がったんだ。その結果、僕たちは罰として、しばらくトイレに閉じ込められた」 マットレスを奪い取られたグアテマラ人にしてみれば、ホンジュラス人たちがマリフアナを吸っていることを施設職員に知らせるくらい、当然のことだろう。しかし、マリフアナを吸ってギャング時代の気分に戻っていたアンドレスは、告げ口に対して容易に怒りを爆発させた。そしてトイレから解放された後、グアテマラ人の少年と殴り合いに。 駆けつけた施設警備員にゴム製の弾で撃たれて、騒ぎはようやく収まった。「その夜、僕は移民局の事務所に呼ばれた。そこで説教され、“難民申請をしたんだったら、もっとちゃんとしろ。ここで問題を起こすのなら、DIFへ行け”と言われた」  DIFとは、「家族総合開発機構」というメキシコの政府機関で、貧困家庭や子ども、高齢者への支援、青少年の薬物依存問題対策などの社会福祉事業を担当している。国と地方、両方のレベルで活動しており、貧困家庭で養えなくなった子どもや虐待を逃れてきた子ども、路上にいた子ども、孤児などを保護する施設も持っている。「問題児」のアンドレスは、その施設へ移るよう指示されたのだ。 彼と同じような貧困家庭出身の同国人で、マラスにも関わっていたルームメートたちと過ごした移民局施設での2週間は、アンドレスに、決死の国外脱出で忘れかけていたギャング仲間との日々を、思い出させていた。殺人などの凶悪犯罪にこそ恐怖と嫌悪感を抱いていたものの、彼らと過ごした時間には、少年にとって愉快で気分のいい経験も数多くあった。それは一度身につけると、なかなか直すことのできない悪癖だった。
 2013年10月半ば、同じタパチューラの町にあるDIFの施設へと居場所を移したアンドレスは、そこでも悪さを続ける。「施設の中には僕と同じようなノリの少年もいたので、彼らとつるんで、いろいろと悪いことをした。例えば、新しい子どもが施設に入ってくると、その子を脅して、持っているお金を全部巻き上げたんだ」 穏やかな表情で私にそう話す“少年”と、彼が語る“少年”は、別人のようだった。DIFの施設で悪事を働いていた16歳のアンドレスは、目の前にいる18歳の彼よりも、サン・ペドロ・スーラにいた頃のギャング少年に近かった。 それでもこのDIFの施設にいる間に、アンドレスは難民認定を目指して、更なる事情聴取を受ける。「前の事情聴取と違って、今度はきちんと筆記記録がとられ、録音もされた。本格的になってきた感じだった」 それからおよそ4カ月後、その知らせは届いた。「メキシコ移民支援委員会の人がやって来て、難民として認められたと伝えてくれたんだ。もう泣きそうなくらい、うれしかったよ!」 図太いワルとして振る舞っていた少年も、ほんとうは心の奥に大きな不安を抱えていたのだろう。その分、逆に強がっていたのかもしれない。長い間、不安定な立場に身を置き、人知れず苦しんでいた少年は、ついに逃げも隠れもせずに安心して生きる権利を手に入れ、心を弾ませた。これからはとにかく落ち着いて暮らせる。 メキシコに難民として受け入れられた少年の、第二の人生の舞台として選ばれたのは、メキシコ中央高原に位置する都市にある、NGOの施設だった。「その街は、映画とかで見たことのある所だった。だからそこへ行くと決まった時は、ワクワクした。向こうへ着いたら、ここにもあそこにも行ってみたいと思ったんだ」 少年はその時の興奮を思い出しながら、楽しげに語った。 2014年2月13日の早朝、アンドレスを乗せた飛行機は、メキシコ南東部の亜熱帯地域にあるタパチューラの空港を飛び立ち、約2時間後、涼しい高原地帯に広がる盆地に築かれた都市へと降り立った。 そこは彼の故郷サン・ペドロ・スーラとも3週間あまりを過ごしたタパチューラとも違う、からりと爽やかな気候の都会だった。日中は気温が25、26度まで上がりあたたかいが、夜は10度前後まで下がって寒くなる。「飛行機を降りるなり、寒いのは苦手だよ~、って思ったよ」と、おどけるアンドレス。ほとんどいつもランニングシャツだけで過ごしていた生活から一転、外出時はジャケットも羽織る毎日が始まった。「施設に着いた日、最初はスタッフ以外、誰も話しかけてくれなかったから、不安になった。でも、夕方になって、学校や仕事で出ていた子たちが戻ってきて人が増えると、話し相手ができた。少しホッとしたよ」 20人ほどのティーンエイジャーの少年たちが、世話役のスタッフ数人と生活している施設は、それまで過ごしてきた場所とはまったく違った。そこでは普通の家庭と同様に、少年たちがそれぞれの学校や職場に通っている。施設にいる時間帯は、壁に貼られた時間割に沿って、担当の家事や宿題をしたり、皆とテレビを見たり、外でサッカーをしたりする。言ってみれば、たくさんの異母兄弟と暮らしているような感じだ。
 その「兄弟」たちの大半は、家庭で虐待を受けたり、路上暮らしの経験があったり、薬物依存や売春の経験があったりする。だから定期的に、自分自身や他人との関わり方、薬物や性の問題、HIV/AIDSなどに関するワークショップや、個別あるいはグループでの心理カウンセリングに参加している。それ以外は、一般家庭と変わらない生活だ。 ここでは家族の代わりに、一緒に暮らすスタッフや仲間がいる。彼らと仲良くやっていくことができれば、アンドレスも自分らしい生活を築いて行ける。「最初のうちは、外に出るのが少し怖かった。特に夜は、ホンジュラスにいた頃を思い出して、マラスのような恰好の人間を見かけると、恐ろしくなった。でも時とともに、そんなこともなくなっていった。友だちもできたしね」 アンドレスにとって、この新天地での生活は、少年時代をやり直し、自分の未来を切り開くために与えられた、大きなチャンスだった。敵のギャング団に脅され、敵の縄張りにあった中学に通うこともできなかった少年はまず、15歳以上を対象にした「成人教育プログラム」の単位制学校に通い、3カ月で中学卒業の資格を得た。そして2014年9月からは、この施設を運営するNGOが提供している「ホテルでの職業訓練プログラム」に入り、近い将来、一流ホテルで働くための準備を始めた。「その頃から、僕の生活は根本から変わり始めた。ここでの暮らしにも慣れてきたし、何より、1年ぶりに家族と連絡をとることができたんだ」 2013年9月、祖父母に黙って家を飛び出し、ひそかに国境を越えて以来、アンドレスは家族に電話すらかけていなかった。十分に時間をおかないと、地元の誰かに居場所が知られて身に危険が降りかかるかもしれないと考えてのことだったが、それは同時に、家族にどう話を切り出すか、心の整理をするためでもあった。「電話をして、家族と久しぶりに話せて、すごくうれしかった」 懐かしい人々の声は、彼の心に深い安らぎをもたらした。「電話をしたら、おばあちゃんが出て、“えっ、本当にあなたなの!?”と言った。(ギャング仲間のもとを離れて)家に戻ってきたと思ったらすぐにいなくなって、1年も音沙汰無しだったから、もう僕は死んでしまったと思っていたんだ。兄さんのフェイスブックをみたら、(喪の印の)黒いリボンが付いた僕の写真がアップされていたしね。だからおばあちゃんは、相手がほんとうに僕だとわかって、電話口で泣き出してしまった」  その祖母は、アンドレスがいなくなった直後、悲しみのあまり、病床に臥せっていたという。別れの言葉もなく姿を消し、それっきり生死もわからない孫のことを想い、心労がたまったせいだろう。幸い何とか回復し、この時ようやく孫の元気な声を聞くことができたというわけだ。 電話での会話はまた、アンドレスに、「もう僕はマラスに追われていない」と確信させるのにも役立った。その確信は、彼の将来に対する意欲を、これまで以上にかき立てた。今いる場所で努力を続ければ、故郷にいた時とは違う、まっとうで明るい未来が開けると感じたからだ。「小さい頃は、麻薬の売人だけれど僕や兄さんとよく遊んでくれた父さんのような男になりたいと思っていた。でも今は、それよりももっと良い人生があるとわかったよ」 18歳になったアンドレスは現在、訓練を受けた高級ホテルで正式に雇われ、パーティー会場などのセッティングと片付けを担当するチームに配属されて働いている。数週間前に施設の仲間とサッカーをしていて足の骨を折り、治療のために2カ月を棒に振るはめになったが、復帰したら仕事のリズムを取り戻し、ミニバーの担当に抜擢(ばってき)してもらえるよう、努力するつもりだ。「訓練でやった仕事の中で、一番気に入ったんでね」 笑顔で話す少年は、苦い過去に決別し、第二の故郷となったこの国で、真新しい人生を歩み始めようとしていた。 3時間近いインタビューを終えた私たちは、4日後にホンジュラス取材に発つことを彼に告げて、それまでいた3階の部屋から1階の玄関へと向かった。アンドレスは、松葉づえを使って階段を下りて、ドアまで見送りにきてくれた。 知り合ったばかりとは思えないほど人懐っこい少年に、私は別れの抱擁をしてから、こう尋ねてみた。「ホンジュラスから何か持って来られるとしたら、何が欲しい?」 すると、彼は間髪を入れず、こう答えた。「サッカー・ホンジュラス代表チームの10番のユニフォーム!」

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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