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「親の介護」問題、情報集めまくってるから大丈夫! と思ったら

雨宮処凛(作家、活動家)

 あなたの親、存命ですか? であるなら、元気ですか?

 突然そんなことを書いたのは、「親の老後」「介護」といった言葉が迫り来る年頃になったからである。

 気がつけば、この世に生を受けて今年で半世紀。ということは、当然、親も高齢だ。すでに両親ともども後期高齢者入りした70代。が、それなりに元気に暮らしている。

 しかし、心配なのは今後のこと。

 ちなみに私は東京で一人暮らし。両親は2人で北海道で暮らしている。その北海道には弟が2人、それぞれ家庭を持っている。

 というような事情から、私は「遠方からの支援」となる確率が高い。そのような立場で「迫り来る親の介護」という一大ミッションにどう取り組めばいいのか。そんなことはかなり前から考えていた。

 そうして出した結論は「情報担当」。「すぐに駆けつける」などがなかなかできないからこそ、介護関係の情報は積極的に集めてきた。

 それが結実したのが昨年出した拙著『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書、2024年)の「親の介護」について書いた第3章なのでぜひ読んでほしいのだが、ここであなたにある質問をしたい。親の介護について、ふわっと心配はしているものの何も備えていないタイプか、介護とがっぷり四つで組む準備ができているかの確認だ。

 ということで、あなたは「地域包括支援センター」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 もし、ないとしたらあなたは介護界隈においては赤子同然。言っちゃ悪いがこの分野においては「情弱」である。

 地域包括支援センターとは、高齢者の暮らしをサポートする拠点。

 保健師や社会福祉士、ケアマネージャー(介護保険制度に基づいてケアプランを作成したり、事業者との調整をしたりする専門職)が配置されていて、介護に関するもろもろを適切な機関と連携してサポートしてくれる。よく「要介護2」などの言葉を聞くが、その要介護認定の申請やケアプラン作成にも関わってくれる。ここにつながれば、随時必要な助けや情報が得られる。とにかくここに連絡しないと何も始まらないということは覚えておいて損はない。

 このように、介護とは「情報戦」。知っていれば受けられる支援は多くある。が、知らなければ辿り着けない。

 これは日本の公的制度全般に共通することで、実は「使える制度」「便利な制度」はこの国にたくさんある。が、役所などが必要な人に率先して「こういうサービスがありますよ」と教えてくれることは滅多にない。「申請主義」と言って、制度を発見し、その内容を理解して正しい窓口に申請した人だけが利用できるという仕組みになっているのだ。

 このようなあり方を、「特定非営利活動法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ」前理事長である湯浅誠氏は過去、「メニューを見せてくれないレストラン」と表現していた。

 立派なメニューは揃っているのに、決して客には見せてくれない意地悪なレストラン。ごく一部の、メニューを一字一句間違えずに正確に、しかも正しい窓口で「注文」できた人だけに料理=制度利用が提供されるというシステムだ。

 さて、そんな介護においてまず覚えておいた方がいいのは「仕事はやめない方がいい」ということ。これはもう、あらゆる専門家が口を揃える。国も介護離職ゼロを掲げている。

 そんな時、勤め人であれば「介護休業」が93日まで取れる。

 というと、「93日経っても終わらなかったら辞めないといけないの?」と思うかもしれない。が、この93日は、介護のためのプラン、仕組みを作る期間でもある。それを共に考えてくれるのが地域包括支援センター。

 それでは、どんなサービスが受けられるのかというと、その人の状況によって違う。それを調べて「あなたはこのレベルですよ」と教えてくれるのが要介護認定。

「要支援1〜2」「要介護1〜5」まであり、要支援1がもっとも軽く、要介護5がもっとも重い。要支援とは、「日常生活にほとんど支障はないが、一部支援が必要」な状態。

 対して要介護5は、「ほぼ寝たきりの状態で、自力で身体を動かせない。認知症がさらに進行し、意思疎通がほぼ不可能」。

 要支援1から、ホームヘルパーが訪問しての生活支援(訪問介護)や施設への短期入所、福祉用具貸付などのサービスが受けられる。受けられるサービスは要介護認定ごとに規定がある。これらが介護保険サービスと言われるものだ。

 要支援だったり介護度が低ければ、そのようなサービスを利用して在宅で暮らすことも可能だ。

 ちなみに在宅で使える介護保険サービスは、訪問型のものだと訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導、夜間対応型訪問介護、定期巡回・随時対応型訪問看護。

 通所型のサービスだと、デイケア、訪問看護、ショートステイなど。

 代表的な「訪問介護」は、食事や排泄の介助などをする「身体介護」と、買い物や調理、掃除、洗濯などをする「生活援助」がある。ヘルパーさんが週に何度か自宅に来てくれて家事をしてくれるというのは、安否確認という意味でも安心だ。

 ここまでが居宅だが、認知症などの症状が進んで在宅生活できなくなった場合には「施設」という選択肢が浮上する。

 この施設にもいろいろあり、ざっくり言うと8種類。うち4種類が民間施設で、4種類が公的施設。

 民間施設は、「介護付き有料老人ホーム」「住宅型有料老人ホーム」「サービス付き高齢者向け住宅」「グループホーム」。

 公的施設は「ケアハウス」「特別養護老人ホーム」「介護老人保健施設」「介護医療院(介護療養型医療施設)」。

 値段はもうピンキリだが、「高級老人ホーム」みたいなものは「有料老人ホーム」(もちろん、安い有料老人ホームもある)。比較的安く入れるのがケアハウスといったところだろうか。

 と、このような知識があれば、私は介護に完璧に備えられていると思っていた。

 とにかく使える社会資源を使えるだけ使って、プロに頼むこと。周りには障害者の権利向上活動をしている人も多く、そのような人たちから「家族介護は最終的には殺し合いになるから絶対に他人介護にしろ」「密室介護は危険、とにかく家族は『開け』」「プロに頼め」とうるさいほど忠告されてきたこともある。

 ということで準備万端だと思っていたのだが、そうではないことを最近、突きつけられた。

 それは介護に関する2冊の本を読んだことによる。1冊はコラムニスト、ラジオパーソナリティーとして活躍するジェーン・スーさんの『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書、2025年)、もう1冊は翻訳家、エッセイストとして活躍する村井理子さんの『義父母の介護』(新潮新書、2024年)。ジェーン・スーさんは1973年生まれ、村井さんは70年生まれと、75年生まれの私よりちょっと年上。

 そんな2人に共通するのは、「介護はプロに」という心構えと情報があったということ。が、現実は甘くなかったというのだ。

 例えば『介護未満の父に起きたこと』の裏表紙の帯にはこんな文章がある。

〈老人と言えば介護。日本には十分な介護保険制度があるから、安心。そう思っていたが、甘かった。人はいきなり寝たきりになるわけではない。そういう人もいるかもしれないが、たいていは誰もがイメージする「ザ・介護」の前段階がある。騙し騙しやっていたいままでの生活が、さまざまな理由でひとりでは回せなくなる日がやってくるのだ〉

 一方、村井さんの方の帯には以下。

〈すべては完璧なはずだった。私が頭の中で思い描いていた「介護はすべてプロにお任せ」という計画は、これでスムーズに動き出すはずだった。しかし、後期高齢者介護は、そんなに甘いものではない。これで全てバッチリだと私が油断していた矢先、大事件が勃発した――〉

 どちらも不穏さに満ちているではないか。

 ということで、ジェーンさんの本は突然一人暮らしとなった父親の82歳から87歳までの記録。幸い健康なのだが、家事がほとんどできないという昭和の男でもある。

 そんな父親の唯一の家族であるジェーンさんは、父の諸問題をビジネスタスクに見立ててあるべきゴール=「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」を設定。そのために「快適な居住空間の維持(精神衛生)」「健康的な食生活(健康維持)」「体力づくり(寝たきりと怪我の防止)」という3つの基本方針を決める。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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