障害がある子どもを親が死なせてしまう事件の背後に見え隠れする、「美しい母像」の押し付け
雨宮処凛(作家、活動家)
2025年1月、福岡市で7歳の娘の人工呼吸器を外したとして、44歳の母親が殺人の疑いで逮捕された。母親は、「娘を殺して私も死のうとしてやってしまった」と供述しているという。
24年11月には、障害があり痰の吸引が必要な8歳の娘を自宅に放置し死亡させたとして、32歳の母親が逮捕された。母親はシングルマザーで他にも子どもがおり、一人で娘の介護を担っていたという。
同月、重度の障害がある次男の「床ずれ」を放置したとして、神戸市に住む33歳の母親が保護責任者遺棄致傷の疑いで逮捕された。
障害がある子どもがいる母親の事件を羅列したのは、『朝日新聞』25年4月19日の夕刊に掲載された児玉真美さんのインタビュー記事を読んだからだ。
障害のある娘の母親でもある著述家・児玉さんの本を私はこれまで何冊か読み、感銘を受けてきた。
児玉さんは「(いま聞く)児玉真美さん 著述家 医療的ケア児の親、苦悩のわけ」と題されたインタビューで、長女・海さん(37歳)が死産に近い状態で生まれ、「障害のある子どもの親になる」ことで激変した人生について、また、これまでも繰り返されてきた「障害がある子どもを親が死なせてしまう事件」についてさまざまな背景があるとし、以下のように語る。
〈なかでも、「母だから、愛さえあれば、子どものために何でもできる」という美しい母像が前提とされていることに、みな追い詰められている〉
そうして記事は、〈行政や専門職が、母親を「ケア資源」「介護の含み資産」とみなし、介護が子育ての延長と考えられがち〉な現実を問題視する。
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このインタビュー記事には、衝撃的な数字が登場する。それは20年に公表された厚生労働省の「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査報告書」(医療的ケア児とは、痰の吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと)に拠る。回答者の9割が母親だというこの調査では、「子どもから5分以上目を離せるか」という設問に「できない」と答えた人が4割いたという。
ここで冒頭の事件を思い出してほしい。
姫路の事件の子どもは痰の吸引が必要だったわけだが、どれくらいの頻度だったのだろうか。
ちなみに私の知り合いに呼吸器をつけた親の在宅介護をしていた人がいるのだが、そのケースでは、2時間に一度は吸引が必要だったという。
逮捕された母親は一人で介護していたとのこと。もしかしたら彼女は、子どもが産まれてからの8年間、ロクに眠ることもできなかったのではないだろうか?
そう考えると、どうしても思ってしまう。
これは、母親一人の責任なのだろうか? そこまで母親を追い詰めてしまったこの社会や制度、支援の不備こそが問われるべきではないのだろうか?
そう思って手にしたのは、児玉真美さんの『私たちはふつうに老いることができない 高齢化する障害者家族』(大月書店、2020年)という本だ。
タイトル通り、障害がある子どもを持つ親の高齢化問題について書かれた本書には、衝撃的なデータが登場する。
例えば「追い詰められた親が引き起こした殺人事件」の数。
児玉さんが理事をつとめる「一般社団法人日本ケアラー連盟」のシンポジウム「障害者家族のノーマライゼーションを考える」における湯原悦子さん(日本福祉大学教授)の講演によると、1996年から2015年までの20年間に起きた介護殺人は少なくとも754件。
そのうち「親が子を殺害する事件」は9件(1.2%)。
一般の介護殺人の加害者では女性よりも男性が多い一方、「我が子を殺害する」事件では、父親が加害者になった1件に対して母親が加害者になった事件は8件。9人は皆、80〜90代とかなりの高齢だったという。
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そんなデータに続いて、ある事件の詳細が紹介される。
80代の母親・Aさんが60代の娘の首を絞めて窒息死させた事件だ。
娘には重度重複障害があり、Aさんは娘が生まれてからずっと介護を担ってきたという。施設入所を考えたこともあったが、「母親の愛情で育てていくしかない」など周囲の声もあり、「この子は自分の命に代えても守る」と介護を続けてきた。
娘が60代ということは、60年以上にわたって続いた介護生活。
しかし、親も娘も当然老いていく。夜中も二度起きて娘のオムツを交換するという日々は80代の母親にとっては大きな負担だっただろう。
夫は事件の14年ほど前に死亡。事件の半年前にはAさんが転んで右肩を脱臼し、鎖骨も骨折。それを機に訪問介護サービスを頼んだが、利き腕を傷めたAさんはそれまで20分だったオムツ交換に30分かかるようになってしまう。
そんな中、「自分の老い先は短く、娘を残しては逝けない」と考えるようになり、眠れない日々が続く。そうしてとうとう、事件は起きる。
〈心が折れました。……それまで何とか「娘の世話をするのは私しかいない」とつないでいた心の糸がプツリと切れた瞬間だったと思います。暗い闇に包まれたベッドの中で、私はとにかく孤独でした。血圧も安定せず、物忘れ等で気分がめいり、先行きの心配ばかりが頭の中をめぐりました〉
Aさんは事件当時の心情についてこう語ったという。
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「なぜ、助けを求めなかったのか」
このような事件が起きるたびに、そんな声があちこちから上がる。
しかし、その声を封じてきたのはこの社会ではないのか。
事件が起きないうちは、「母親なんだからどんな苦労でも耐えろ」と突き放し、時に「子どもに障害があるのにいつも前向きに頑張るお母さん」と賞賛する。あらかじめ、助けを求める回路をふさぐような空気を母親たちは敏感に感じている。
ここでもうひとつ、同書から衝撃的な数字を紹介したい。
NHK名古屋放送局による、知的障害者・精神障害者の家族へのアンケートだ。
それによると、「自殺や心中を考えたことがある」人は4人に1人という結果になったという。
一方、本当に助けを求めた時、その手が握り返されるのかと言えば、現実は厳しい。
『私たちはふつうに老いることができない』には、入所施設やショートステイの不足のため、「親亡き後」に壮絶な経験をした知的障害の吉田正三(まさみ)さん(58歳)のケースが紹介されている。
もともと父親と二人暮らしだった吉田さん。が、その父親が急死したことで一人取り残されてしまう。近所の人に保護されるものの、どこのショートステイもいっぱいで行き場がない。
結果、5カ月の間にショートステイをなんと66回も移動――という過酷な日々が始まってしまうのだ。結局、なんとか高齢者の賃貸住宅に入れたそうだが、数日ごとに移動し、常に行き場を探すような生活はどれほど吉田さんの心身を追い詰めただろう。
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ちなみに本書を読んで、初めて気づかされた視点がある。
現在、国は「ノーマライゼーション」の理念のもとに大規模施設を削減し、「地域移行」を進める方針でグループホーム(GH)などがその受け皿とされている。が、それでいいのか、という視点だ。
「地域移行」は、これまでの障害者運動で掲げられてきた大きな目標である。大規模施設などに隔離せずに、障害者が地域で暮らすこと。私自身もこの方針を前向きに受け止めてきた。
しかし、児玉さんは、前述した「自殺や心中を考えたことがある」家族のうち、半数が病院や施設の整備を望んでいることを指摘。
グループホームに入ってよかったという人もいる一方で、医療的ケアが必要になったら出なければいけないところもあったり、グループホームの生活形態に向いていない人もいたり、人手不足という理由で月に何度も親元に戻されたりといった問題もあるという。そのようなことから児玉さんは、〈地域では在宅生活でもGHでも、むしろ親依存の度合いが深まっている〉と指摘する。
「共生社会」の美名のもと、移行した「地域」で「生身の人間の限界を超えた老障介護を強いられている」親たち。
そんな国の方針について、児玉さんは憤る。
〈「本人の意思尊重」「地域移行」の名のもとに、資源なき地域へ、既に老いた家族のもとへと、これからも介護を押し戻していくということなのだろうか。けれど、二人暮らしの父親に急死された58歳の吉田正三さんが入院するほど体調を悪化させながら66回もショートステイを転々としている間、国も地方自治体も「どうにかして」はくれなかった。「本人の意思を尊重」することもなかった〉
理想や理念が、「絵に描いた餅」になっているという現実。