imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

なぜリベラルは「負ける」のかについて考えてみた

雨宮処凛(作家、活動家)

「左翼から右翼になった人は大勢知ってるけど、右翼から左翼というのは初めてだ」

 これまで5000回くらい言われてきた言葉だ。

 なぜそんなことを言われるのかと言えば、1990年代後半の2年間、右翼団体に入っていたから。結局、24歳で右翼を脱会。25歳で1冊目の本を出して物書きデビューするのだが、その6年後の2006年、「プレカリアート」(不安定なプロレタリアートという意味の造語)という言葉との出会いにより、格差や貧困問題に取り組むように。この頃から「左傾化した」と言われるようになり、「左翼」という枠にくくられることが増えた。よって冒頭のようなことを言われるようになったのである。

 が、私自身には「左翼になった」という自覚はない。自分の生きづらさの原因がわからず何かにすがりたくて右翼に入り、その後、今の時代の生きづらさの背景に貧困や格差があるのではと思って活動を始めたので、思想はあまり関係ないと思うからだ。

 ちなみに右翼は「日本が好き」だけで自称してオッケーだが、「左翼」に「なる」にはなんか資格が必要らしい。というのも「マルクスの資本論も読んでないくせに何が左翼だ!」と元赤軍派議長にキレられたことがあるからで、そんな面倒なことが必要ならこっちから願い下げ、と思ったからである。

 そんな右翼や左翼について、あなたはどんなイメージを持っているだろうか。ちなみに右翼は「保守」、左翼は「リベラル」と言われることも多いわけだが、ざっくりいうと、保守・右翼は伝統とか天皇とかを重要視するスタンスで憲法改正派。翻ってリベラル・左翼と言われる方は個人の自由を重んじ、護憲派というところだろうか。

 で、私は06年に貧困問題に取り組むようになって以来、「リベラル」界隈の人という認知のされ方をするようになったのだが、最近、リベラルはどうにも分が悪い。

 例えば昨年24年の東京都知事選では、長らくリベラル政党の立憲民主党に所属していた蓮舫氏が、再選した小池百合子氏はおろか広島県の安芸高田市長を辞めて参戦してきた石丸伸二氏にも敗れ、3位に。また、24年11月の兵庫県知事選では、パワハラ疑惑などある意味でマイナス要素しかなかった斎藤元彦氏に、やはり立憲民主党などが支援した候補が敗れている。

 この傾向は日本だけではない。ご存知の通り、24年11月のアメリカ大統領選では、インド出身の母とジャマイカ出身の父を持ち、気候変動や性的マイノリティの問題に取り組むなど、多様性やリベラルを体現するようなカマラ・ハリス氏がドナルド・トランプ氏に敗れている。

 そうして25年1月、トランプ氏が再び大統領に。その途端、パリ協定からの離脱やWHO(世界保健機関)脱退などの大統領令に署名するという予測不能な行動に、世界が振り回されている。

 なぜ、リベラルは負けているのか。

 このような状況を受け、昨年夏頃から私は周りの「リベラル嫌い」の人たちに話を聞いている。

 ちなみに私は北海道出身で、最終学歴は高卒。高校卒業と同時に上京し、フリーターなどを経て25歳で物書きデビューしたという経歴だ。

 こういう経歴自体、リベラル界隈には少ないと思う。なぜなら、私の知る「リベラル知識人」と言われる人たちは、大学教授とかで社会的地位が超絶高い人が多いからだ。そこまで行かずとも、だいたい高学歴・安定層というイメージ。

 で、私の周りの人々はリベラルをなんとなく胡散臭く思っていたり、はっきり「嫌い」と口にしたりするのだが、その声に耳を傾けてみると、リベラルを忌避するさまざまな「理由」が浮かび上がってきた。

 まず多く聞いたのが「怖い」。なんか怒られそう、説教されそうというもので、それらはSNSによって刷り込まれたものであるらしい。無知ゆえにちょっとした失言をした人などを、再起不能なまでにブッ叩く人たち、というイメージ。他にも「不寛容でまじめ」で、「正義を振りかざしてそう」などなど散々な言われようだ。極端だけど、昨今のSNSの治安の悪さなどからそう受け止める気持ち、わからなくもない。

 ちなみにリベラルの人がどんな主張をしているかわからないという人のために書いておくと、まず重要なのは「護憲」や「戦争反対」ということだろう。

 行きすぎた格差や貧困も是正すべきというスタンスで、税制であれば、「金持ちから取れ」というのも一致していると思う。

 また、性差別やヘイトに抗し、障害者やLGBTQなどの問題に理解を深め、原発に反対し、気候変動問題に取り組み、マイナンバーカードやマイナ保険証に反対というのも定番だろう。それだけではない。選択的夫婦別姓や同性婚を支持し、あらゆる暴力やハラスメントを容認しないことも重要視される。もちろん、辺野古新基地建設にも反対。また、イスラエル支援企業とみなされているスタバやマックは不買、児童労働や搾取の可能性がある企業の製品は買わないというスタンスを取る人も多い。

 ものすごくざっくりだが、それが私の印象だ(抜けてたり「違う」ということもあろうが、あくまで個人の印象ということで)。

 ちなみにここに掲げたことを私自身も重要だと思っているものの、根が不真面目で適当なので、すべて実践できるとは思っていない。まず、搾取のない製品といったところで、「貧しい人には選択肢がない」という身も蓋もない現実がある。いわゆる「意識高い系」の行動を徹底するには、ある程度の経済力がどうしたって必要とされるという矛盾。

 もうひとつ、気をつけているのは「人に強制しない」こと。

 私は自分のできる範囲でできることをするよう努めているが、それを人に強制するのは「正義の押し付け」だと思っている。

 しかし、リベラルと呼ばれる中のごく一部には「押し付け」をする人もいる。そして自分の望ましくない行為をする人に「見損なった」「軽蔑した」などの言葉を投げかける。それは直訳すれば「自分の思い通りの人間じゃないから許せない」というDV体質丸出しな言い分でもあるわけだが、そのような言葉は、言われた当人に恥辱を植え付けるのも確かだ。

 もっと凄まじい否定もある。例えばSNS社会になってから散見されるのは、誰かを「レイシスト」「差別主義者」「加害者」と叩き、排除するような動きだ。もちろん、そのような批判が必要なケースもあるだろう。が、中には「そこまで?」と思うケースもあったりする。リベラルが「怖い」と言われるのはこのようなこともあるのだろう。

 排除という点では、やはりSNS社会以降、「気に食わないものはこの世から消えてほしい」という欲望を隠さない人も増えた。評論家の與那覇潤さんは、京アニ事件に関する朝日新聞のインタビュー記事「『除菌志向』進む日本 『無敵の人』を『無敵』でなくすのは相互接触」(朝日新聞デジタル、2024年1月24日)で以下のように語っている。

〈平成の後半から、日本では「社会のデオドラント化」が進んだと感じています。ネガティブなものは、そもそもこの世に存在しないでほしい。少しでもにおったらスプレーをかけるように「除菌」しようとする傾向が強まりました。同じ時期に普及したSNSは典型です。気に入らない言動や表現を見たとき、「みんなでたたいて、世の中から消してしまおう」とあおる人が増えました〉

 もちろん、なんらかの加害者などが公の場に出るなという声があるのは当然だと思う。

 一方で、自分と意見が違う人間を「消そう」とする振る舞いも多く見られる。與那覇氏は、以下のようにも語る。

〈かつてリベラル派と呼ばれる人たちは、異分子と共存していくことを説いたはずなのに、今は、敵視する相手の排除に率先して走る動きばかりが目立ちます〉

 と、ここまで書いて、自分が左派的な人に関わり始めた約20年前って、全然そんな空気じゃなかったことを思い出した。

 それは私が入った界隈によるのかもしれない。06年、フリーター労組という、不安定層が作った労働組合のメーデーがきっかけでこっちの世界に足を踏み入れた私にとって、そこは不寛容でも説教臭い場所でもないどころか、そもそも真面目な人など皆無。ひたすら行儀が悪い人たちの、自由な空気の場所だった。

 いわゆる「王道リベラル」じゃなかったからだろうか。多くが当時20〜30代で、フリーターやフリーランスや無職などの不安定層が大半だった。「だめ連」関係の人や東京・高円寺の貧乏で愉快な人々の集団「素人の乱」の人たちも多く、差別などは批判するものの、今思うと随分アナキスト寄りでもあった。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。