〈スペシャル対談 伊藤昌亮×雨宮処凛〉生きづらさを抱えた現代人が「リベラル」を嫌う理由 〜ひろゆき人気に見る冷笑系ブームと弱者争いがもたらしたもの(後編)
(構成・文/仲藤里美)
(前編)からの続き
「貧困」と向き合ってこなかったリベラル
雨宮 ここからは、いわゆる「冷笑系」が支持を集める一方で、「リベラル」が嫌われるのはなぜなのかについて、もう少し詳しくお聞きしていきたいと思います。さきほど(前編)も触れましたが、貧困など社会的に苦しい状況にある人たちに、その人たちを助けようとしているはずのリベラルの声が届かない、むしろ反発を生むことが多いのは、どうしてなのでしょうか。
伊藤 その背景にはまず、リベラルがいつも「再分配の強化が必要だ」と言いながら、その原資を生むはずの「経済成長」について何も言ってこなかったということがあると思います。
「リベラル」という言葉にもいろんな定義がありますが、基本的には日本のリベラル──かつては「革新」という言い方をされていましたが、要するに左派のことです──は、1960年代から70年代にかけて、高度経済成長の枠組みの下で形成されてきました。経済がどんどん成長する陰で、古いムラ社会が市民社会へと移り変わり、さまざまな新しい価値観が生まれてくる。その中で出てくるさまざまな問題を解決するのが自分たちの役割であって、「経済のことは自民党に任せておけばいいんだ」という姿勢で発展してきたのが、日本の左派だったわけです。
でも、今は「経済成長は当たり前」ではありません。「どう再分配するか」を考える以前に、「このまま日本は経済成長できないんじゃないか」と不安を抱いている人たちがたくさんいるんですよね。
雨宮 一部ではリベラルに「勝ち逃げ」のイメージを持つ人もいますね。自分たちは日本の経済が好調だった時代に稼いで十分なお金を持ってるくせに、「もう日本は経済成長はしないから、みんなで一緒に貧しくなろう」なんて言ってる、という。
伊藤 そうなんです。そして、日本の左派が「反戦」や「反差別」といったテーマに熱心な一方で、貧困に苦しむ人たちにきちんと向き合ってこなかった面があるのは事実だと思います。
たとえばヨーロッパでは社会民主主義が根付いていて、新自由主義的な政党と対峙する左派政党は、社会福祉や社会保障の充実に積極的に取り組んでいます。ところが日本では、そうした社会福祉や社会保障も多くは、保守政党である自由民主党が担ってきてしまったんですよね。
雨宮 自民党が?
伊藤 はい。たとえば日米安保条約改定の翌年、1961年には、当時の岸信介前首相が推し進めてきた国民皆保険・皆年金の制度が成立しています。世界的に見ても非常に早い時期の導入でした。さらに70年代に入ると、田中角栄首相(当時)が「福祉元年」を掲げ、70歳以上の高齢者の医療費負担をゼロにするなど日本の福祉制度を一気に発展させていくんです。
雨宮 素晴らしい。そう考えると、昔の自民党はすごかったんですね。
伊藤 さらに、企業も自民党の方針を受けて福利厚生を充実させ、終身雇用と年功序列型賃金をベースに、社員の生活の面倒を見るための制度を整えていきました。本来左派が担うはずの弱者救済を、少なくとも経済的な部分では、自民党がやってしまっていたわけです。
だから、左派はほかの部分にアジェンダ設定し、「反戦」や「反差別」に力を注ぐようになりました。もちろん、そうした活動も大事なことではあるんですが、「貧困」という問題がそこから抜け落ちてしまったのは事実です。そして雇用に関しては、左派はさきほど(前編)も触れたように、正社員優先の企業別労働組合頼みの方法論しか持っていない。だから、その労働組合の枠から何のセキュリティネットもないままに放り出された人たち、貧困に直面した人たちからはやはり、「リベラルに頼る」という発想は出てこなかったんだと思います。
雨宮処凛氏
なぜ「ヘイト」が生まれるのか
伊藤 その後、雨宮さんもよくご存じのように、2000年代の終わりにリーマンショックが起きて「派遣切り」などがあったときには、「年越し派遣村」ができたり、炊き出しがあちこちで行われたりと、貧困問題への取り組みが活発化します。でもその熱気も、雇用や生活の状況がよくなったわけではないにもかかわらず、10年代に入るとなぜかしぼんでしまいました。
雨宮 むしろ状況はもっとひどくなっています。特にコロナ禍から今に至るまで、困窮者向けの炊き出しや食品配布に並ぶ人の数が以前の10倍以上というような状態が続いているのに、話題にもならないのが現状です。
伊藤 一方、11年に東日本大震災と原発事故が起こった後には、反原発の運動が一気に盛り上がりました。原発の問題というのは原爆の問題にもつながっていて、左派がずっと昔から取り組んできた反戦運動に近いところがあるんですよね。さらに、15年には安保法制反対運動があり、同じ時期から反レイシズムやフェミニズムの運動も盛んになっていきます。
こうして見てくると、特に2010年代以降のリベラルは「文化化」してきてしまったといえるんじゃないでしょうか。つまり、直接的に人の生活に関わる経済や労働や雇用の問題よりも、差別やフェミニズムや平和という「文化」的な問題を重視してきたように見えるんですね。「差別をなくそう」「安保法制反対」と叫ぶ一方で、雇用を失い、労働組合にも守ってもらえない人たちのことは救ってくれない。それが近年の「リベラル」という存在だと思われてしまったのでしょう。
雨宮 「救ってもらう」どころか、ときには「あなたたちは○○差別に加担している」などとリベラルから糾弾される場合もある……。
伊藤 そうなんです。そこから、そうしたリベラルの「自分勝手さ」みたいなものを、強く攻撃する論調が生まれてきたわけですね。
そこには、自分たちを救ってくれない社会保障なんていらないという、社会保障や「大きな政府」そのものに対する不信感もあると思います。それが、社会保障を受けて暮らしている高齢者などへのバッシングにつながっているのでしょう。
雨宮 障害者ヘイトや生活保護バッシングなどもひどいですね。「公的ケアを利用している」人への目線が本当に厳しい。
伊藤 さきほど(前編)お話しした「投資家目線」に立つと、自分たちは正業では低賃金でも、投資で稼いで自分で自分を助けている、という感覚だから、「それをやらない人たち」を叩きたくなるんだと思います。社会の中に、社会保障で誰かを助けるということ自体への敵意が存在しているんですね。
雨宮 自分で投資する努力もせずに、税金で賄われている福祉だけ利用しやがって、甘えるな、というマインドですね。たしかに、今の日本はとにかく自己責任で勝ち抜いてください、それができない人はのたれ死んでください、という社会になっているわけで、公的ケアの対象となる人へのヘイトが出てくるのもある意味で当然といえるかもしれません。
伊藤 もともと、日本の社会保障はそれなりに充実していたとはいえ高齢者などへの保障が中心で、現役世代への保障は抜け落ちている部分がありました。多くの先進国では一般的な、住居費への公的補助がないことなどがその一例です。かつてはそれを補っていたのが企業の福利厚生であり、安定した日本型雇用慣行だったわけですが、雇用の自由化によってそこから放り出される人が増えたことで、障害者でも高齢者でもない「ふわっとした弱者」というべき存在が大量に発生してきた。リベラルが、その人たちを救うための方法論を提示してこなかった結果が、リベラル批判が強まる今の状況につながっているんだと思います。
リベラルは「不寛容」なのか
雨宮 「リベラルは嫌い」だという周りの人たちの話を聞いていると、よく「リベラルは不寛容で怖いから」というんですね。ひとつでも間違ったことを言うとすぐに攻撃されて、つるし上げられそう、と。たしかにSNSなどを見ていると、あちこちでリベラル同士の対立や衝突が起こっていて、そういうイメージを持つのも分かる気がします。
一方で、私は1990年代後半に、2年くらい右翼団体に所属していたんですけど、そこで出会った右翼の人たちってめちゃくちゃ優しかったんです。仲間の間でもめ事があれば、誰かが一升瓶持って駆けつけて「まあまあ」と酒を飲ませて仲直りさせる、という世界です。それをしないという選択肢がない。
だから、リベラルの人たちがSNSなどで、少し意見が違う人、失言をした人に対してすぐに関係を切ってしまったり、「一升瓶をかついで仲介に行く」人もなかなか見当たらないのを見ていると、すごく冷たく感じることがあります。