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「炎上」と「戦争」の親和性 〜3年前の小山田炎上を振り返る

雨宮処凛(作家、活動家)

「自分のお葬式を見ているようでした」

 この言葉に、深く深く、胸を打たれた。

 この言葉を口にしたのは小山田圭吾氏。

 言わずとしれた有名ミュージシャンであり、そして3年前の夏、炎上した人だ。

 あの炎上を、あなたはどんな思いで見ていただろう。

 小山田氏への怒りが抑えられなかったという人もいるだろうし、ファンであれば引き裂かれるような思いをしたかもしれない。いじめられた記憶がフラッシュバックした人もいるかもしれない一方、「もし、自分も過去の不都合なことを晒されたら」と心底怖くなったという声も何人かから聞いた。

 私はといえば、SNSでの炎上が日々激しくなっていくのを見ながら、なんとも言えない思いを抱えていた。

 なぜなら私自身、炎上の遥か以前にネット上のサイトで小山田氏の「いじめ」についてのもろもろを見ていたからだ(そのサイトは「炎上」の最中、決まって引用されていた)。

 本当にたまたま偶然、見つけたのだ。おそらくいじめについての原稿を書いていた時だと思うのだが、それを読んだ時ははらわたが煮えくり返って怒り心頭、「小山田許すまじ」と藁人形片手に丑三つ時の神社に走り出したい気持ちになったことを覚えている。

 しかし、そこではたと気づいた。

 っていうか、ここに書かれていることは事実なのか? そもそもこのサイトやってる人ってどこの誰? いや、それより何より、どのような目的でこのサイトでこういうことが公開されているのだろうか? 本当だったらひどいけど、そもそも信憑性なくない?

 このように思い至り、「このサイトを真に受けて原稿書いたら大恥かく可能性があるから一次情報(彼がいじめについて語ったとされる雑誌の現物)にあたるまでは語らないでおこう」と心に決めたのが10年以上前。

 そうして一次情報を確認することもないまま時は過ぎ去り、2021年夏、突然、大炎上となったわけである。

 SNSに日々増え、そしてより過激になっていく罵倒や糾弾の言葉を見ながら、私はただただその勢いに慄(おのの)いていた。多くの人が彼に対しての怒りを爆発させる中、糾弾しないことがなんとなく肩身が狭いくらいの感じになってもしかし、私はSNSでは一切何も言わなかった。

 同時に普段、「人権」とかに敏感な人たちが、ネットの情報を根拠にして小山田氏を叩く姿にちょっと引いてもいた。なぜならその中には、一次情報にあたることの重要性を知り尽くしている職業の人たちも多くいたからだ。

 炎上の途中からは、小山田氏が死んでしまうのではないかと怖くなった。

 その前年5月には、プロレスラーの木村花さんがSNSでの中傷を受け命を落とすという痛ましい事件が起きていた。あの事件を受けて、私たちは「言葉は人を殺す」ことを徹底的に胸に刻んだはずだった。しかし、過去に「ひどいいじめ」という、誰から見ても「悪事」を働いた人間に対しては何を言ってもいいという空気がSNSにははち切れそうなほど充満していた。コロナ禍の閉塞と苛立ちの中、「さぁ、ここに心ゆくまで嬲(なぶ)り殺していい対象が出てきたぞ!」という、「祭り」のような異様な高揚感。行き場を失っていた攻撃性が、一斉に一人の人間に向いていることが怖かった。しかも「正義感」を伴って。

 ちなみに私はSNSでの「炎上」的なこと、個人攻撃的なことには関わらないと決めている。自分も炎上で自殺を考えたことがあり、思わぬことが加害になるということを、身をもって知ったからだ。

 例えば率先して攻撃している人の言葉も辛いが、ただ便乗したっぽい人の一言が脳にこびりつくようにして離れないこともある。また、「まさかあの人にひどいことを言われるなんて」という衝撃もある。一方で私自身、見知らぬ人の罵詈雑言より、知り合いがそれにいいねをつけていた方がダメージが大きい。知り合いでなくとも、好意的な感情を抱いていた著名人なども。そういうことがトドメの一撃となった自死は、決して少なくない気がするのだ。

 さて、そんな小山田氏の「炎上」についての本が24年7月、出版された。タイトルは『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』(中原一歩著、文藝春秋)。

 小山田氏本人はもちろん、当時の同級生たちに綿密な取材をした一冊だ。

 冒頭の小山田氏の言葉は、この本からの引用である。

 詳しいことはぜひ本書を読んでほしいが、本書では、「炎上」に参加した人たちの怒りに火をつけた「全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして」という行為や、記事に出ていたような凄惨な障害者いじめに小山田氏は手を染めていないことが丁寧に説明されている。その一方で、誰がその行為を担っていたかなどにもページが割かれている。それなのにあのような記事が生まれた背景に、いったいどのようなことがあったのかもだ。

 これは「炎上」に参加した人々にとっては「重大な事実」だと思うのだが、この「反論」についての反応はあまりにも薄い。23年から文春オンラインなどでも中原氏による小山田インタビューという形で同様の内容が出ていたというのに、小山田氏に怒りを爆発させていた数十万、数百万の人たちの多くはだんまりを決め込んでいるように思えるのだ。

 忘れているのか。気まずいのか。それとも、一度振り上げた拳を下ろすわけにはいかないのか。その全部かもしれないが、そういう人にこそ一読を勧めたい。

 さて、もうひとつ気になるのは、なぜあのような記事が掲載されたのかである。

 本書ではこれについても多くのページが割かれているのだが、「全裸でグルグル巻にして〜」という見出しの記事が掲載されたのは1994年1月号の音楽雑誌『ロッキング・オン・ジャパン(ROCKIN’ON JAPAN)』(ロッキング・オン社)。小山田氏は当時24歳。多くの人が今回の騒動で知った通り、同誌のインタビューは「原稿チェックなし」。

 あまりにもリスキーだが、同誌ではそのようなスタンスゆえ、「事実と違う」「ニュアンスが違う」など掲載後に取材対象者からクレームが入ったり、「事実と異なる不本意なことを書かれた」とアーティストが会社に殴り込んできたこともあったという。

 そんな『ロッキング・オン・ジャパン』で「アーティストを丸裸にする」という2万字インタビューが原稿チェックなしで掲載され、それが27年後に大炎上となるわけだが、小山田氏にはこの記事のいじめ記述について、当時から強い違和感があったそうだ。

〈事実と違うことを見出しにされ、まるで全部自分がやったことのように書かれていて、当時、すごく違和感を覚えました。ショックを受けました〉

 この原稿の前半で、私は「一次情報にあたる重要性」について書いた。が、そこにあたったところで、この件ではその「一次情報」がかなりの誇張に塗れていたというのが真相のようである(肝心の『ロッキング・オン・ジャパン』編集部はこの本の取材には応じず)。

 しかし、小山田氏サイドは訂正などを要求していない。なぜ? と思うかもしれないが、「言ってもいないことを書かれる」ことやある程度の脚色は当時、日常的にあったという。

 この感覚、90年代にメディア界隈にいた人ならわかるかもしれない。

 さて、ここからは私のことになるが、私は2000年に25歳で1冊目の本を出してデビューしたのだが(よってその1、2年前からメディアには少しずつ出ていた)、90年代から2000年代にかけて、「若くしてメディアに出る」ことは恐ろしいことだったと今さらながら痛感している。

 私など売れに売れていたアーティストの小山田氏とは比べものにもならないが、それでもサブカル全盛期の中、とにかく「露悪的」な語りが良しとされ、きわどいことやとんがったことが「若手」に過剰に要求されたことを記憶している。当時はポリティカルコレクトネス的なものがもっとも忌み嫌われ、最大の侮蔑語が「PTAのおばさんかよ」だった時代。そんな中、不本意な発言が文脈を無視して切り取られたり、恐ろしく誇張した見出しに傷ついたことは一度や二度ではない。

 また、インタビューを受けても原稿チェックがないのが通常運転。「言ってもいないこと」を書かれるのも当たり前で、男性誌であればなぜか「セ・ン・セ、おいたはダメよ」みたいな口調になっていたりして頭を抱えたことは数え切れない。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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