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「幸せそうな女性」を狙った小田急線事件に懲役19年、その背景にあるもの

雨宮処凛(作家、活動家)

「僕だけが不幸で、割を食っている。貧乏くじを引いたみたいな。それが歪んで世の中への憎しみへと変わっていった」「あらゆる人が幸せそうに見えた。僕だけが薄皮一枚隔てている感じ、世の中が灰色に見えた」

 この言葉は、2021年8月、東京の小田急線車内で乗客3人を包丁で襲ったなどとして逮捕された37歳(当時36歳)の男が裁判で口にしたものだ。

「幸せそうな女性を殺したかった」

 事件後に男が口にした言葉は、社会を、特に女性たちを震撼させた。ただ電車に乗っていただけで、勝手に誰かに「幸せそう」に見られただけで殺害の対象になりうるということ。

 事件後には、「フェミサイド(女性を標的にした殺人)」という声もあちこちから上がった。最初に刺された20歳の女性は幸い命に別状はなかったものの、男は執拗だった。刺された女性が逃げる後を追い、さらに背中を刺しているのだ。

 小さな頃は真面目で優しい性格だったという男。しかし、中央大学理工学部に進学し、研究に行き詰まったことが人生のターニングポイントとなったようだ。

 大学卒業後は就職予定だったが、単位が取れずに09年に中退。その後は倉庫やコンビニなどのアルバイトを転々とするが、「物のように扱われる」と感じ、世の中への憎しみを持つようになったという。男性の友人からは見下され、女性からも軽くあしらわれていると感じ、「幸せそうなカップルや、男にちやほやされる『勝ち組』の女性を殺したい」と思うようになったようである。

 21年2月には無職となり、生活保護を利用するように。事件が起きたのは、生活保護を利用し始めて半年後のことだった。電車内での無差別殺人は、以前から想像していたものだったという。

 裁判で男は、女性を狙った理由について「おじさんを刺して捕まっても、つまらないなぁと」「やはり若い女性の方が価値があると思った」と語り、また以下のようにも述べた。

「町を歩くとコンプレックスが刺激されて怒りに変わり、怒りのやり場がなくて女性たちに矛先が向いた」「正直そういう女性と付き合いたかったが、僕は不可能で相手にされない。恨むことで苦しみを解消しようとした」

 しかし、乗り込んだ電車には、「刺したい人はいなかった」。

「近くにピンクの服の人がいて若い女性だったので『まぁ、この人でいっか』と」

 あまりにも身勝手な言い分に言葉を失うばかりだが、事件から2カ月後の21年10月、今度は京王線で乗客が刺され、車両に火がつけられるという事件が起きた。

 逮捕されたのは映画『ジョーカー』(ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ配給、2019年)の服装を真似た24歳の男。「仕事も失い、友人関係もうまくいかず、2人殺して死刑になりたかった」と事件直後に語っている。

 小・中学生の頃にいじめを受け、自殺を図ったこともあるという男は21年、長年交際していた女性に別れを告げられ、事件の4カ月前に彼女が他の男性と結婚していたことを知る。同時期、契約社員として働くコールセンターでの顧客トラブルが原因で異動に。「死ぬしかない」と思ったが、かつて自殺しようとして死に切れなかった経験から、「大量殺人で死刑になろう」と考え、ハロウィンの日に向けて計画を立てる中、小田急線の事件が起きたのだ。

 言うまでもなく、両者のしたことは決して許されるものではないし、その言い分は身勝手の一言だ。

 しかし、私たちは、彼らと近い鬱屈を抱える者がこの国に多くいることも知っている。22年7月には、東京・秋葉原で無差別殺人事件を起こした元派遣社員の加藤智大(ともひろ)の死刑が執行された。

 なぜ、男性によるこのような事件が起きるのか。

 ふたつの事件は逃げ場のない電車内ということで共通している。が、電車のホームでは、以前から一部男性による女性への嫌がらせが続いていた。

 それは「ぶつかり男」。女性や高齢者ばかりを狙ってわざとぶつかってくる男のことで、この10年ほどで同時多発的に出没し始めたのだ。

 明らかに殺意を持った上記ふたつの事件と「ぶつかり男」の間には大きな隔たりがあるかもしれない。しかし、誰かが「やろう」と言い始めたわけでもないのに自分より力の弱い者たちに「わかりづらい暴力」を振るう男が急増したという事実の背景には何があるのだろう。1990年代にも、2000年代にもそんな嫌がらせは存在しなかったのに、突如としてあらゆる駅で同じことが起きるようになったのだ。はたから見れば、わざとなのか偶然なのかわからない。何も言わずに後ろから、そして無表情で前からぶつかってくる男たち。しかし、場合によってはぶつかられた方はホームに転落して電車に轢かれるリスクもある。ぶつかり男は、おそらくそれをわかっている。その上で、「わざとじゃない」と言えるギリギリの線を狙っている。そういう陰湿な「遊び」が必要とされるほどに、一部の男たちは鬱屈を抱えているのだろうか。

 私自身、そんな「ぶつかり男」には何度も遭遇している。また、京王線の事件が起きた日には不気味な経験をした。

 それは事件の数時間前、都内の電車に乗っていた時のこと (京王線ではない)。車内はガラガラだったので隣の席にバッグを置いていたのだが、ある駅で扉が開いた瞬間、若い男が乗ってきた。と思ったら、男は私の隣の席をめがけて突進。次の瞬間、私のバッグの上に腰をおろそうとしたので間一髪でバッグを膝に抱えた。私のバッグとすれ違うようにドスンと隣に座った男は、苛立った様子でブツブツ呟き始め、肩で荒い息をしていた。

 ほとんど人のいない車内。肩が触れるほどの距離で苛立ちを隠さず、今にも感情を爆発させそうな様子の男。

 スッ、と背筋が寒くなった。殺されるかもしれない、と思った。電車が次の駅に停まるまでの時間が永遠に思えた。

 電車がホームに滑り込むと同時に、男を刺激しないように静かに立ち上がり、扉に向かった。その瞬間、男は猛然と立ち上がり、別の車両に走っていった。

 電車を降りても、しばらく動悸が続いていた。何が起きたのかよくわからなかったけれど、冷静になると、男のしたかったことがぼんやりと見えてきた。

 彼はおそらく、「荷物を隣の席に置いている」という「咎められる」ことをしている私のバッグの上にわざと座り、私が文句を言うことを期待していたのではないか。そうすれば、「ここに荷物置いてたお前が悪いんだろ!」と盛大にキレ散らかすことができる。

 いつからか、そんな出来事に遭遇することが増えている。

 小田急線、京王線の事件の後には電車内で「爆発寸前の自分」をアピールする若い男性を何度か見かけた。わざと大きな舌打ちをしたり、苛立った様子で乗客を舐め回すように見つめたり、口の中でブツブツと呪詛を吐き続けたり。当然車内の空気は緊張するわけだが、そのような反応を楽しんでいる様子で、その姿は何かへの「復讐」にも見えた。

 なぜ、一部の男たちはこれほどまでに苛立ち、憤懣やるかたない思いを抱えているのか。そして時に、自暴自棄な事件を起こすのか。小田急線、京王線の事件だけではない。22年1月には、東京・代々木の焼肉店に28歳の男が立てこもり、逮捕されている。男はその2週間前に長崎県から上京したものの野宿生活となっており、警察の調べに対し「生きている意味が見出せず、死にたかった」「最近あった電車内の事件みたいにしたかった」と話したという。

 自暴自棄に見えるいくつかの事件の背景にちらつくのは、「承認」の問題だ。

 ひと昔前であれば、男性は働いてさえいれば承認が得られ、一人前の扱いを受けた。働きながらも半人前の扱いを受け、半人前の賃金しか得られない立場の男性は今よりずっと少なかったので、多くが結婚できたし家庭を持つこともできた。

 しかし、それが著しく難しくなったのが現在40代のロスジェネとその下の世代だ。親世代との大きな差は、雇用が安定していないこと。これにより、将来設計を立てられず、安定した生活も望めず、結婚が遠ざかった層は、当人だけに非があるわけではないのに「いつまでもフラフラしてる」など、承認とは正反対の侮辱を日常的に受けるようになった。

 そのような鬱屈は、時にSNSなどでフェミニストを執拗に叩く行為に繋がり、また世界的に問題となっている「インセル」を生み出す下地にもなっているように思える。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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