ロッキンママ・東海林のり子さんの「推し活」に老後の理想像を見た!!
雨宮処凛(作家、活動家)
「すごい! 私、こんな米寿になりたい!! すごすぎて素敵すぎる!!」
2022年12月1日、私はテレビの前で思わず叫んでいた。
この日、私が偶然観ていたのは『徹子の部屋』(テレビ朝日)。言わずと知れた黒柳徹子氏の長寿番組だ。
この時の私はコロナ陽性で自宅療養中。やっと起き上がれるようになった頃で、喉の痛みに顔をしかめながらゼリー飲料を飲んでいた。そうして久々にテレビをつけると、『徹子の部屋』のゲストとして東海林のり子さんが映っていたのだ。
東海林のり子さんといえば、バンギャ(ヴィジュアル系バンドのファンの総称)30年選手の私にとっては特別な存在だ。一般に彼女のイメージと言えば今はなき番組『おはよう!ナイスデイ』(フジテレビ)であり「現場の東海林です」だと思うが、バンギャにとっての彼女は「ロッキンママ」。
なぜかと言えば、1990年代はじめ、「X」が登場した頃からライブに通い、その熱狂的人気をお茶の間に伝え続けてきた人だからである。30代以上であれば、ライブ会場でノリまくる東海林さんの姿をテレビで見た記憶があるだろう。
ちなみに東海林さんがXのライブに行ったきっかけは、XのボーカルTOSHIのラジオに呼ばれたこと。ライブの後、朝まで飲んだTOSHIが朝のワイドショーで東海林のり子さんを見ていたという理由で呼ばれたらしいのだが、それからライブに行くようになり、見事ハマったという。
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そんな東海林さんがなぜバンギャに尊敬されているかと言うと、彼女はXを始めとするバンドの「世間の認知」に絶大な貢献をしているからだ。ワイドショーで取り上げてくれたことによって、どれほどファンの裾野が広がっただろう。
それだけでない。当時「親の弾圧」に悩んでいた私にとって、「いつもワイドショーに出ている東海林のり子さんがXを推しまくっている」という事実は、親の態度を大きく軟化させるものだった。
例えば当時、私は母親と「ライブなんか行くな」「いや行く」という押し問答を週に何度も自宅リビングで繰り広げていた。ライブに行く=夜に出歩く=非行に走る的な単純な図式で反対されていたのだが、こっちとしては純粋にライブに行きたいだけ。それなのに「不良になる」から果ては「妊娠する」に至るまで余計な心配をする親の思考回路が理解不能で激しい衝突を繰り返していた。
が、東海林さんがXにハマり出してから、親の態度は少し変わった。というか、明らかにちょっと興味を持ち出した。その背景には、Xが紅白に出場するなど知名度をどんどん高めていったこともあるが、一因には東海林のり子さんという社会的信用が高い人がお墨付きを与えたということも確実にあった。「朝の顔」に、北海道の主婦である母はまんまと落ちたのである。
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そうして東海林さんは、Xファンの女の子たちとも交流を深めていく。自身がXなどにハマっていることを公言したことによって、彼女のもとには「お母さんがライブに行くことを許してくれません」などの人生相談の手紙も届くようになったという。そんな手紙に電話番号が書いてあると、彼女はその子の家に電話し、お母さんを説得したというではないか(藤谷千明「世代を超えたV系愛! “ロッキンママ”東海林のり子&『バンギャルちゃんの日常』蟹めんま対談」ウレぴあ総研、2013年9月)。
「V系バンドのライブはすごく体力を消耗しちゃって、ライブが終わってから歩けなくなる人も出るくらいなので、夜に出歩いても非行に走るなんてことはありません!」などと説得してくれたというのだから、さすが「現場の東海林」である。そう、実際に当時のXなどのライブ現場を知っていればこそ出た言葉だ。
さて、10代の頃、私は親だけでなく、多くの大人たちからバンギャという理由で冷たい視線を向けられていた。コスプレをして歩いていただけで知らない男に「ブス!」と罵られることもあれば、学校では髪の色や服装なんかで文句を言われたりもした。何か常に、汚いものを見るような視線を感じていて、だからこそより一層、ヴィジュアル系の世界にハマった。
しかし、そんな私たちを唯一優しい目で見てくれていた大人が東海林のり子さんだったのだ。
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前出の「ウレぴあ総研」の蟹めんまさん(漫画家でありバンギャ)との対談で、東海林さんは以下のように語っている。
〈そんなわけで、アーティストのライブに行くとそこに来る女の子たちのことが気になって。ライブで「今日はどこから来たの?」というMCに対して「大阪!」「沖縄!」…最近だと「香港!」とかね。このライブに来るまで、けして安くはないチケット代や交通費を捻出するために、お小遣いを貯めたりバイトをしたり…そうやって想像すると、ひとりひとりがすごく愛おしく感じるのね。
そんな彼女たちがライブで「うわーー!」と盛り上がって汗だらだらになってると「風邪ひかないでね」と思ったり…。本当に可愛いんですよ〉
こんなふうに思っていてくれる大人がいたなんて。それだけで、「もう一生ついていきます!」という気持ちである。そして私たちバンギャからすると、ライブ会場でキャッキャッとはしゃいでノリまくる東海林さんの姿も「本当に可愛い」ものだった。私は、大人がガチで楽しむ光景を東海林さんの姿で初めて見た気がする。
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さて、そんな東海林さんが『徹子の部屋』に出ていたわけだが、お年もお年なので、もうヴィジュアル系の話は聞けないだろうと思いながらもテレビを見ていた。東海林さんは最近愛猫を亡くしたそうで、猫が亡くなった話をしながら目を潤ませている。ああ、辛いだろうな……。18歳の猫と暮らす私もしんみりしつつ見ていたのだが、そのうちに話は想像もしない方向に転がっていった。
なんでも東海林さん、最近は韓国ドラマにハマったそうで、『梨泰院クラス』の俳優のカレンダーを買ったという話が始まったかと思ったら、タイのBL(ボーイズラブ)のドラマも見るようになり、そこからBL小説も読むようになって「沼落ち」したという具合に、話はオタク・腐女子方面に急展開していくではないか。
私は耳を疑った。これが88歳の日本人女性の口から語られている台詞なのか? しかも真っ昼間の地上波だ。今、私はコロナの熱に浮かされて夢を見ているのではないのか?
しかし、我らがロッキンママは88歳でのBLとの出会いを「それはもうね、楽しいです」と嬉しそうに語り、「沼落ち」という言葉を繰り返す。徹子氏は「沼落ち」という言葉にツボったようで、何度も繰り返しては「もう、いやだぁー」と顔を赤らめて笑っている。なんだか少女が2人、ドキドキしながら秘密を共有しているような花園感が画面越しに伝わってくる。なんだこの、キュンとする感じ……。
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話はそこから「最近骨折した」という年相応っぽい話になり、「やれやれ、祭りも終わったか……」としばし呼吸を整えていたのだが、そこからもまた話題はイケメンの方向に自動的にシフト。なんでもリハビリをしてくれる理学療法士がイケメンな上にとても親切らしく、彼に会うのが嬉しくてリハビリを頑張っているというではないか。その結果、骨折して上がらなかったという腕が見事に上がるようになったと東海林さんはその場で腕を上げて成果を披露。
イケメンの力、恐るべし。が、私は別の意味で衝撃を受けていた。ここまで臆面もなくイケメンが好き、イケメンに励まされる、イケメンは宝というようなことを言ってしまっていいのだと。
いや、私もイケメンが好きだ。じゃなきゃ、30年以上もヴィジュアル系にハマっているわけはないのである。特に化粧が濃くて派手髪の綺麗なお兄さんが歌ったりギターを弾いたりしてる姿が大好きだ。しかし、昨今は「イケメン最高」などと言おうものなら「ルッキズム」という批判をされかねない時代。なんとなくここ数年、「イケメン好き」を公言するのを控えていたのだが、東海林さんは堂々とイケメンを礼賛なさっているではないか。もうあの立場で米寿にもなれば治外法権というか、何を言ってもいいようである。なんだそれ、最高じゃないか。
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さて、そこで話は終わらない。