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連載

持つべきは年上の女友達

雨宮処凛(作家、活動家)

 人生でもっとも重要なものは?
 もしそう聞かれたら、なんと答えるだろう。仕事、お金、恋愛、家族……いろいろあるが、私にとってかなり重要なのは友人だ。
 ただの友人ではない。やっぱり大切なのは「女友達」。とくに最近、ありがたみを感じているのは、年上の女友達である。
 できればいい仕事をしていて、いい恋をしているといい。尊敬できるうえに、年下の同性から見ても「私が男だったら絶対惚れる!」と、思わせてくれるような人であればなおさらいい。恋人や配偶者が、素敵な人であればもっといい。
 そんな人、いるわけないと思うかもしれない。が、私には、いる。数年前に仕事関係で出会い、数カ月に一度、お酒を飲むという関係が続いている。彼女と話すと、自分の毒がみるみるうちに抜けていくのがわかる。

 ちょっと浮世離れしたような彼女は、年下の私から見ても少女のような可愛らしい女性で、だけど人としてのスケールがびっくりするほど大きい。人間に対しても、動物に対しても、すべての生き物に対する愛に満ちていて、私の「憧れの人」である。
 そんな彼女のパートナーがまた素敵な人で、彼女同様、ちょっと浮世離れした感じ。2人とも、「なぜ21世紀の日本に、これほど心のキレイな人が存在しているのだろう?」と、心底不思議に思うほどの優しい人。だけどそれだけじゃなく、「やる時はやるぜ!」という気迫のようなものも秘めている。
 ちなみに2人とも、様々な社会問題に見識が高く、積極的にボランティア活動などにも参加している。その参加の仕方も偽善的な感じじゃなく、あまりにも自然なのだ。自分のできる範囲のことを、時間などに余裕があれば、あたり前にするという作法が身についている人ならではの感覚。そんな2人は決してストイックではなく、会うたびに「最近行った旅行」や「温泉」の話をしてくれる。

 私には他にも、年上の女友達がいる。
 そんな女性たちとの時間は、私にいろいろなものを与えてくれる。
 女が一人で生きていくこと、男と生きていくこと、仕事をしながら生きていくこと。そのすべてに、その人なりの答えを持っている。そうして、はたからはものすごく幸せそうに見えていても、それぞれの悩みがあり葛藤がある。
 そんな年上の女友達のありがたさを、痛感するようなできごとが最近あった。私と同じ年の友人に、子宮系の病気が発覚したのだが、そのことを相談すると、ものすごい情報量のメールが「年上女性」たちから怒濤(どとう)の勢いで届いたのだ。
 それはもう具体的すぎる内容で、「この病気にはこういった治療法がある」「こういうやり方もある」「ここの病院ではこういう処置をしてくれる」「この漢方薬が効く」「私も経験者だが、こっちの方がよかった」などなど、あまりにも心強いもの。友人は、「持つべきものは、年上の女友達!」と、いたく感動していたのだった。そしてそれらの情報は、今のところはなんの病気でもない私にも、非常に役立つものだった。

 そんな経験を通して、改めて思った。
 自分より少し上の世代を生きている女性たちは、貴重すぎる情報の宝庫である、と。
 生き方だけでなく、女性特有の病気などに対してのノウハウを、彼女たちは十分すぎるほど持っている。
 ちなみに最近、同世代友人との話題にもっとも上るのは「きたるべき更年期障害にどう備えるか」という色気も何もないものなのだが、今回のことを通して、なんとなく安心した。更年期がきたらきたで、すでにそれを経験している「年上の女友達」から根掘り葉掘り情報を聞き出せばいいのだ。
 そう思うと、これから「女の人生」に起こり得るあらゆるリスクへの不安が軽減される。
 一人暮らしで、がんとかの病気になった場合。親の介護が必要になった場合。独身のまま一生を終えそうな場合。さらに先まで考えると、「年上の女友達」は、おそらく私より先に認知症になったりして、自立生活が難しくなるはずだ。そうなった場合、どんな施設に入るのか、その予算はどうなっているのか、そのためにどんな準備をしているのか、そういうハードコアな相談にだって乗ってくれるはずだ。

 また、平均寿命から考えても「結婚している女友達」の夫は、彼女たちよりきっと先に死ぬ。「大切な人の死からどう立ち直るか」という分野でも、説得力のあるアドバイスが聞けるはずである。
 そんなことばかり考えていたら、「夫を亡くして、施設暮らしのお婆ちゃん」とかとも友達になりたくなってきた。30代の私の「年上女友達」はせいぜい40代だが、80代のお婆ちゃんだったりすると、さらにすごいノウハウを持っていそうではないか。
 年金とか、保険とか、医療費の問題とか、いろいろと役立つ情報の宝庫に決まっている。
 そこまで書いて、思った。だったら、自分ちの婆ちゃんに聞けばいいのだ。
 私の祖母は早くに夫を亡くし、現在施設暮らし。もうすでに90歳になっている。体は不自由なのだが、頭ははっきりしているので、施設にいながらも「株」などに手を出し、お金を増やすことに生きがいを見いだしている。

 ということで、「女が一人で生きる」には、やはり最終的にはお金に行き着くようである。それにしても――。
 20代の頃は、なんだかもっと「話題」がキラキラしていた。
「結婚しちゃうかも☆」「彼氏に浮気された」「不倫なんだけど好きなの!」「キレイになって彼に振り向いてもらいたいから整形しようかな……」
 そんな感じの言葉が飛びかっていたものだが、30代の私の周りで現在、飛びかっている言葉は「更年期障害」「子宮内膜症」「安く入れる高齢者施設」「老後の資金」といった、あまりにも渋い言葉たちである。
 しかし、それが「生きる」ということなのだ、きっと。

次回は11月7日(木)、テーマは「母であることから降りられない」の予定です。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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