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女子の恋愛離れってホント?

雨宮処凛(作家、活動家)

 恋愛。生きる上で、別にしなくても死なないけれど、人生を限りなく豊かにしてくれるもの。時に面倒でボロボロに傷ついて、「もう恋愛なんて勘弁」と思っても、気がついたらその渦中に巻き込まれているもの。無理してする必要はないけれど、私自身は今のところ、「恋愛」のない人生は考えられない。
 ところが最近、「若者の恋愛離れ」という言葉をよく耳にする。
 事実、18~35歳の未婚男女で「交際相手がいない」人は、男性の6割以上、女性の5割程度だという(国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」2010年)。
 また、新成人の77%に「恋人がいない」というアンケート結果もある(結婚情報サービス会社オーネット調査)。「恋人がいない」「交際相手がいない」に関するデータは少なくないが、どの調査結果を見ても、その数値が年々増加傾向にあるのは間違いないようだ。
 それを証明するように、未婚率も上がっている。10年時点での生涯未婚率は男性16.7%、女性11.9%。この数値も右肩上がりで、20年後には男性の3割、女性の2割に達するといわれている。

 格差や貧困の取材でも、多くの男女から「お金がなくて恋愛などできない」「職が安定しないので結婚など考えられない」という言葉を聞いてきた。出生動向基本調査の「独身者調査の結果概要の取りまとめ」には、未婚者の男女ともに「正規職員の割合は大きく低下」という指摘がある。また、正社員層からは「仕事が忙しすぎて出会いなどない」「デートなどできない」といった声も耳にしてきた。どうやら正社員は「時間がない」、非正社員は「お金がない」という、身もふたもない現実があるようだ。
 これを女性に限ってみると、やはり深刻なのは不安定雇用だ。現在の非正規雇用率は38.7%だが、女性に限ると54%。働く全女性のうち、半分以上が正社員ではない不安定な立場なのだ。この背景にあるのは、「女はどうせ結婚するもの」という根拠のない思い込みだろう。そんな意味不明な思い込みから、女性の働きづらさは長いこと放置されてきた。その結果、進んだのが女性の貧困だ。

 11年末に発表された、ちょっと怖い数字をご存じだろうか? それは20~64歳までの単身女性の貧困率が32%であるというデータ。一人暮らしの女性の3人に1人が貧困だというのである。
貧困女子」なんて言葉もよく耳にするようになった。「男女共同参画」なんて、いくらいわれようとも日本は先進国の中でも男女の賃金格差が大きいことで知られている。「いずれ結婚」をいいわけに、女性を一人前として扱ってこなかった社会の中で、今、女性たちが貧困に追いやられている。これは政策の失敗であり、政治の問題だ。
 しかし、一度「貧困」に追いやられてしまうと、それは固定化する傾向がある。そんな中、「どうせ働いても貧乏なら」と、結婚に希望を見いだす女性も増えている。若い女性の専業主婦願望は高まり、まるで安定に殺到するように、婚活産業も花盛りだ。

 しかし、私は「婚活」という言葉には、どうしようもない違和感を感じている。なぜなら、そこには「条件」で人を値踏みする視点を感じてしまうからだ。
 婚活絡みのサイトを見れば、列挙されている「条件」は年収や職業、学歴など、恋愛に不可欠な、「ロマンティックさ」のカケラもない現実的なものばかり。条件で人を好きになった経験のない私の目には、なんだかちょっと怖いものに映る。そしてうっかりそんな世界に足を踏み入れれば、自分自身も年齢などといった「条件」だけで切り捨てられたりするのだろうか、と怖くなる。
 なんだかそれは、魂レベルの疲労感を伴いそうではないか。自分自身が勝手に切り分けられ、バラバラにされて激安コーナーに陳列されるような感覚。本当は、人間の魅力は、数値や条件では言語化できない場所にこそ宿るのだと思う。ふとした瞬間に見せる表情とか、何気ない一言とか、一緒にいる時の空気のなんともいえないゆらぎとか、肌の感触とか。

 本来、人を好きになるということは、とっても素敵なことだと思う。だけどそこに、「自分自身の人生の安定のため」という動機が加わると、途端に純度は低くなる。そして「どうやって自分を高く売りつけるか」という計算が始まった瞬間、きっとその人の魅力は半減する。
「でも、駆け引きとかしないの?」
 そんな話をすると、たまにそう聞かれることがある。残念ながら、したことがない。そんな高度な技術を使いこなすスキルなどもともとないし、駆け引きという手段を思いつく時点で、その相手のことをそんなに好きじゃない気がする。
 もう、どんなに傷ついても、手ひどい裏切られ方をしても、たとえ殺されようともその人が好き。そんなふうに思える相手しか好きになったことがないし、そこに「条件」の入る余地はない。
 しかし、婚活に励む人々の視線は冷静だ。どっちがいいのかは、わからない。ただ、私はきっと今後も「条件」で人を好きになることはないし、恋愛や結婚といった「人の気持ちの結びつき」が土台になった関係性を、究極に不安定なものだ、と思う気持ちは変わらない。
 だからこそ、「仕事をやめて食べさせてもらう」=「専業主婦になる」というばくちには、恐ろしくて絶対に手を出せないし、どれほど好きな相手だろうとも、その人によって生活や仕事を変えることはしないと思う。なぜなら、自分を一番信用していないからだ。「この人のことがずーっと好き」と思っていた相手だろうとも、その気持ちは絶対に変わる。

 未来の自分の自由は、いつだって担保していたい。
 そうでないと、自分にうそをつくことになってしまう。そうしたら、きっと自分のことが嫌いになってしまう。好きな人に嫌われてしまうことよりも、自分で自分を嫌いになることの方がやっかいだ。それは時に、生きていく力を根こそぎ奪ってしまうから。
 何もかもが先行き不透明な時代、信じられるただ一つの何かや、揺るがない自分の味方がほしいというのは、とても自然なことだと思う。
 安定だって重要なことだ。
 ただ一方で、人生は短い、ということも事実である。そしてそれは、いつ終わりを告げるのか、誰にもわからない。「孤独死」や「老後の不安」といった、遠い未来が今にリアルに影を落とす時代だからこそ、私は今この瞬間、思いきり恋をしたい。あらゆることが数値化され、「費用対効果」に置き換えられてしまう時代の中、恋愛は「あの人がただただ好き」という純粋な気持ちが最優先される、ただ一つくらいの「聖地」だと思うからだ。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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