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常識を疑え!

「ピンチをチャンスに」ではなく無残な現実を直視すること~コロナ・パンデミックによる「マッドマックス化」は防げるか

香山リカ(医師)

 ――コロナによるピンチをチャンスに。

 ある政治家が、2021年5月3日、憲法記念日に発したこんな趣旨の発言が“炎上”した。発言の主である自民党の下村博文政調会長は改憲派の集会に出席し、改憲による緊急事態条項創設を訴えた。そして、緊急事態の中に感染症を入れるべきだとして、「日本は今、国難だ。コロナのピンチを逆にチャンスに変えるべきだ」と言ったのだという(2021年5月4日、共同通信。※1
 この記事に対し、インターネット上では、「新型コロナウイルス感染症で苦しんでいる人が多い状況でチャンスにとは、呆れるほかない」「火事場泥棒的」「ピンチの半分以上は自分たちの失政が招いているのに」といった論調の手厳しい批判が見られた。
 感染者の多くが入院もできずに自宅療養を強いられているのを目の当たりしている医療従事者のひとりとして、私も「コロナのピンチを改憲のチャンスに」というこの身勝手な発想には強い怒りを感じる。

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 ただ、コロナ・パンデミックが起きてから、この「ピンチをチャンスに」論を目にしたのは、これが初めてではない。世界的な注目を集める哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、2020年3月15日付の「TIME」誌に寄稿した文章「人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を」で、次のように述べているのだ。「Web河出」に掲載された訳文から引用する※2

今や外国人嫌悪と孤立主義と不信が、ほとんどの国際システムの特徴となっている。信頼とグローバルな団結抜きでは、新型コロナウイルスの大流行は止められないし、将来、この種の大流行に繰り返し見舞われる可能性が高い。だが、あらゆる危機は好機でもある。目下の大流行が、グローバルな不和によってもたらされた深刻な危機に人類が気づく助けとなることを願いたい。

 この新しいウイルスのパンデミックが始まった当初、ノア・ハラリ氏は、人類が再び「信頼とグローバルな団結」を目指すのではないか、と期待したのだろう。たとえそれが理性的な熟考の末の決定ではなく、世界的な疫病を前にしてのやむを得ない選択だったとしても、結果的に「グローバルな不和は人類に深刻な危機をもたらす」と気づけるのなら、それでよし。まさに「ピンチをチャンスに」だと考えたのである。
 冒頭の下村氏とは異なり、ノア・ハラリ氏の発言はもちろん“炎上”などしなかった。それどころか、この発言は世界の人たちに深い感銘を与え、日本でもNHKが彼へのインタビューを放映したり、一連の寄稿が書籍化されたりした。「コロナの流行は恐怖だが、これを乗り越えた後には、私たちは本当の意味での『信頼とグローバルな団結』を取り戻せるはずなんだ」と希望を持った人も大勢いたはずだ。

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 さて、それから1年。いまの現実はどうだろう。
 ノア・ハラリ氏が所属するヘブライ大学のあるイスラエルでは、対コロナのワクチン接種が猛スピードで進んでいる。少なくとも1回接種を受けた国民の割合は4月末の時点で約6割に上り、世界最高の水準となっている。感染者数、死者数も急激に減少しており、この4月22日には約1年ぶりに「死者ゼロ」と報告された。
 ところが、イスラエルの“中”に位置するパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区、ガザ地区)のワクチン接種率はきわめて低く、相変わらずコロナの蔓延も続いているのだという。「国境なき医師団」のサイトにこの3月に掲載された、現地スタッフの声を紹介する。

なぜパレスチナでは、感染リスクが高い人が予防接種を受けられないのか? そう聞かれたら、どう答えたらよいのでしょうか。説明がつかず、信じ難いことです。そして何より、不公平で残酷です。
さまざまな仕組みを通してパレスチナに届く追加ワクチンの情報は入ってきますが、いまの時点でここに届いたものはありません。そして、車で30分もすれば着くイスラエルでは、ワクチンを山積みにして、感染リスクの低いグループへの予防接種に移っているのです。(「新型コロナウイルス:イスラエルとパレスチナ ワクチン接種に大きな格差が」、「国境なき医師団」ホームページ2021年3月3日掲載、※3

 そして、ガザ地区から同地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエル領土に向けてロケット弾を発射したことをきっかけに、イスラエルは同地区への激しい空爆を開始した。その後、5月21日午後2時、イスラエルとハマスは停戦に入ったが、ガザでは多くの子どもを含む230人以上が犠牲になったと伝えられている。
 もちろん、この武力衝突にはノア・ハラリ氏はなんの関係もない。彼自身、5月13日にはふたつのメッセージをツイッターに投稿し、「私の住む地域で起きたできごとと、罪のない多くの人々が苦しんでいることに、深い悲しみを覚えます」「憎しみ、暴力、死によって自分の利益を増やそうとしている人たちがいます」と現状を憂い、怒りを表明した(筆者訳、※4

 しかし、現時点では彼は、1年前の“予言”――人類は「信頼とグローバルな団結」を取り戻せるかもしれないということ――が、ここまで大きくはずれていること、しかも地元でそれとは正反対のことが起きていることについては、何も言及していない。

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 話は変わるが、スロヴェニアの哲学者であるスラヴォイ・ジジェク氏も、コロナ流行が始まってから、寄稿やインタビューなどで多くの意見を語ってきた。
 いま45歳のノア・ハラリ氏よりかなり年長、72歳のジジェク氏は、ノア・ハラリ氏に比べずいぶん悲観的なように見える。2020年6月に翻訳が出た彼の著作『パンデミック 世界をゆるがした新型コロナウイルス』(斎藤幸平監修、中林 敦子訳、ele-king books)では、コロナ以降の世界では「事態は良いほうにも、悪いほうにも、あらゆる方向に転じる」と記され、次のような“悪いシナリオ”が提示される。

世界の各地で、国家権力が半ば崩壊することもあるだろう。特に飢餓や環境悪化などの脅威が加速した場合には、『マッドマックス』的な生存競争の中で、地方軍閥のリーダーが領土を支配するようになるだろう。過激派のグループが「老人と弱者は死なせ、我々の国を強く若返らせよ」というナチの戦略を導入することもありえる(略)。

 実は、非常事態において人類が「信頼とグローバルな団結」どころか生き馬の目を抜くがごとき生存競争に走るのではないかというヴィジョンは、ジジェク氏が以前から繰り返し提唱してきたものだ。
 たとえば、『ポストモダンの共産主義──はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』(栗原百代訳、ちくま新書、2010年)でジジェク氏は、金融危機などで社会のリスクが高まる例をあげてこう言う。「この金融危機が目覚めるきっかけとなり、夢から覚めることになるだろうか?」。つまり、金融危機などが起きると必ず、「行きすぎた資本主義がもたらした結果だ。今こそ私たちは見直すべきときなのだ」といった――まさに“「ピンチをチャンスに」論”とでも呼ぶべき――議論が巻き起こるが、ジジェク氏はこの楽観論には懐疑的なのである。もう少し同書から引用させてもらおう。

危機によってぬるま湯から揺すり出され、生活の土台に不安を覚えざるをえなくなれば、最初に起こるごく自然な反応はパニックであり、次いで「基本へ立ち戻ろう」ということになる。そこで支配的なイデオロギーの基本的な前提が、疑問に付されるどころか、いささか強引に重ねて主張される。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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