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常識を疑え!

不倫問題における「説明責任」とは何か?

香山リカ(医師)

 芸能人の不倫報道が取りざたされるのはいわば“年中行事”だが、ここに来て政治家の不倫疑惑にも注目が集まっている。とくに週刊誌の取材で自民党、民進党の女性議員がそれぞれ、妻子ある男性とふたりで親しく行動していることが発覚した件は、テレビのワイドショーも多くの時間を割いて繰り返し報じた。ふたりの議員はいずれも自分の行動が誤解を招くものであったことは認めながらも「男女の関係ではない」と報道を否定したが、「ウソだろう」などとそれでも追及の手はやまない。最近、有名女優が自分の不倫報道を事実だと認めて謝罪したが、それはそれで「許せない」といった抗議の電話が所属事務所などに殺到しているという。先の女性政治家たちがもし「報じられた通り恋愛関係にありました」と認めて謝罪したとしても、それで事態が収まるとは思えない。

 とくに民進党の女性議員の報道をめぐっては、自民党の岸田文雄政調会長が「さまざまな批判の声や疑念に対して説明責任を果たしていくことが政治に関わるものとして大事なことだ」と述べた。岸田氏はこの「説明責任accountability)」という言葉を誤解していると思われる。もともと会計学の分野で生まれたこの「説明責任」という概念は、必ずしも「あらゆることを説明する責任」を意味しているわけではない。野村総合研究所の「経営用語の基礎知識」では、この「説明責任」は次のように記述されている。

「経営者が、株主・投資家に対して、企業の状況や財務内容を報告する義務のこと。企業から他の利害関係者に状況を説明する責任を指す場合も多い。」

 最近はここから範囲が広がり、「ある権限を与えられている者が、自身が担当している事柄について、利害関係者に詳細や状況を説明する義務のこと」という意味で使われることが多いようだ。いずれにしても、説明する必要があるのは「自身が権限を持って担当している事柄」であり、政治家であれば政策や政治的決定を有権者に説明しなければならない、ということになるだろう。もちろん、世間には「政治家はその私生活も含めて有権者の信任を得ているのだから、私生活も当然、説明責任の対象となる」と主張する人もいるかもしれないが、それはあまりに本来の意味を逸脱しすぎだろう。

 当たり前だが、既婚者が婚姻関係にはない誰かと、あるいは自分はシングルであっても既婚者を相手として恋愛関係に陥るのは、道徳的には許されないことだ。民法でも不貞は離婚の理由になり、配偶者に不貞を働かれた人はその相手に対して損害賠償を請求することもできる。何より既婚者に子どもがいた場合、その心はおおいに傷つくだろう。

 しかし、それは当事者のあいだで、あるいは必要があれば弁護士をあいだに入れて、さらに心の問題が生じれば臨床心理士や精神科医などのヘルプも借りて、話し合い、解決の道を探るべき問題なのではないか。たしかに俳優やタレントも政治家も、「イメージ」が大切であったり人気あるいは票を得るために家庭人であることをアピールしたりする場合もあるので、「プライベートなことにはいっさい触れないでください」とはいかないだろう。今回の女性議員たちの場合は特に、「選挙のときは子育て中の良き母親であることをあんなに強調していたのに」と裏切られた思いを抱く人もいるだろうから、報道されたらある程度の説明や釈明は必要になる。

 とはいえ、それが大犯罪であるかのような糾弾を受けたり、俳優や政治家としての社会的生命が絶たれるほどの制裁を受けなければならなくなったりするのは、やはり行きすぎなのではないか。

 診察室にもときどき、自分が不倫しているという人も来れば、配偶者の不倫で苦しんでいるという人も来る。その人たちは自分や家族の感情の持って行き場に悩んでいたり、これからの生活の立て直しで途方に暮れていたりする。私は精神科医なので、その人たちの結婚外の恋愛に対して許されないとか当然だといった倫理的な判断は下さず、あくまで「心の問題」として対応する。そこでどういう結論を下すかはあくまでその人と家族の問題となるのだが、それには時間もかかる。

「すわ不倫」となると連日、「説明責任だ!」「ペナルティを受けるべきだ!」と蜂の巣をつついたような大騒ぎとなって、本人は早急に謝罪をしたり仕事をやめたりして、それで嵐が過ぎ去るのを待つ。しかし、その間もその後も、家族はじっと耐えるしかないのだ。報道が過熱し、本人が社会的地位を失えば、さらに家族の心の傷は深まるだろう。そのことも忘れてはならない。どんなに社会的に重い地位がある人でも、その前にまずはひとりの人間であり家庭人である。その意味を改めて考えたい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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