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常識を疑え!

熊本地震の報道は何が問題か?

香山リカ(医師)

 大きな地震が発生し、熊本県や大分県を中心に九州全域が多大な被害を受けた。

 国はようやくこの大地震を「激甚災害」に指定したが、それでも菅官房長官は「大震災級ではない」と言っている。また震源からそう遠くないところにある川内原発の稼働も止めようとしない。

 テレビは、多くの死者が出たり山崩れが起きたりした熊本県の益城町と南阿蘇村を中心に報道を行った。たしかに、倒壊した家屋が並ぶいたましい町並み、いまなお続けられる行方不明者の捜索、といった映像はこの地震の被害の大きさを物語るのに適している。

 では、その他の地域はどうなのだろう。ときどき取り上げられる熊本市など都市圏の映像には、車道を行き交う多くの自動車やビジネススーツ姿の人々が映り、「少なくとも都市部ではすっかり日常が戻っており、被害は郡部だけなのか」と思いそうになる。

 しかし、どうやらそれは大きな間違いのようだ。地震発生から10日ほどたって、熊本市と八代市の間に位置する宇城市にいる友人の医師に、お見舞いメールを送ってみた。彼はその地域の病院に勤めながら、公的な仕事で熊本市に出る機会も多い。私は、彼自身はもう日常の診療、生活を送りながら、復興計画などにも忙しく取り組んでいるのではないか、などと想像していた。ところが、返ってきたメールを見て、私は「あっ」と思わず驚きの声を上げてしまった。「本震で医療機器はすべてやられ、電子カルテなどもいっさい使えなくなり、診療機能は完全にストップ。170人の入院患者全員を、ただちに福岡県、鹿児島県の病院に転院させた。ほとんどの職員は被災しており、いまも多くは避難所で生活。そこから病院に来て、再建のための作業を続けている」というのだ。そのメールを書いた医師もいまだに車の中で生活しているとのことだった。私は、「宇城市までがそれほどの被害とはまったく知りませんでした」と自分のメールの軽い口調をわび、「お気をつけて」と無事を祈るしかなかった。

 もちろん、テレビにすべての被災地の様子を伝えてくれ、と言うつもりはない。いまはネットもあるのだから、こちらがその気になれば各自治体の被災の情報を手に入れることもできる。とはいえ、繰り返し特定の地域の情報が伝えられ、特定の避難所や市町村庁舎からの中継が続くと、私たちはつい「ほかは大丈夫なのだろう」とネガティブ情報をシャットアウトしてしまうようになる。そうすることで「いつか自分のところにも大災害が起きるのでは」といった不安を打ち消したい、という無意識の力が働くのだ。

 おそらく、私の友人が住む宇城市だけではなく、広い地域で予想もしていなかった大きな被害が生じ、多くの人たちがいまだに日常を取り戻せずにいるのだろう。

 いくら報道が特定地域に偏っていても、政府が「大震災ではない。あくまで“熊本地震”」と被害を限定するような発表をしても、大きな被害と認めると自分が不安に陥りそうであっても、私たちは想像力を働かせて「ほかの地域は? 被害はもっと広範に及んでいるのでは?」と考えることをやめてはならない。

 最近、メディアの自主規制や萎縮が話題になっているが、たしかにテレビや新聞から発信される情報は、政府からの発表と歩調を合わせるような方向になりつつあるのを感じる。自分の意識までをそれに合わせ、出された情報だけを判断材料にすれば、それ以上、何も考えなくてよいからラクだろう。しかし、今回の地震に限っても、それだけでは見落とすものがたくさんあることが明らかになりつつある。

「情報は本当にこれだけか?」「この発表をそのまますべての事実と信じてよいのか?」と、ちょっと疑い深くなって目をこらす必要がある。「意地悪な人間になれ」と言っているようで気が引けるが、いまの時代、それも致し方ない。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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