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常識を疑え!

福島の両親遺体遺棄事件はなぜ問題か?

香山リカ(医師)

 11月5日、福島県西郷村の民家で高齢夫婦とみられる遺体が見つかる、という事件が起きたが、間もなく48歳の長男が逮捕された。本人の供述によると、両親は病死であり「届けずにそのままにしておいた」とのことだ。和室で見つかった母親は数カ月前に亡くなったと思われ、倉庫の父親はすでに白骨化していた。

 この事件には、遺体遺棄以外にも問題がある。それは、長男は仕事をしておらず両親の年金で生計を立てており、ふたりが亡くなったあとも受給を続けていた可能性があったことだ。取り調べで“年金目当て”は否定しているとも報じられているが、結果的に受給を続けていたとしたら、不正受給になってしまうことには変わりない。

 同様の事件はいくつも起きている。子どもが未婚のまま実家暮らしを続ける。あるいは都会で就職、結婚していたが、離職、離婚に伴って実家にUターン。当初、わが子の行く末を案じていた両親も、ある年齢をすぎると生活の手助けや介護が必要になってくるので、もう「出て行きなさい」とは言えなくなる。心の中では「私たちが亡き後、この子はどうするのだろう」と思いながらも、「いまは考えないでおこう」と心配を封じ込めてしまうのだ。子どものほうも同じで、「将来自分はどうなるのか」という不安がよぎってもそれを打ち消し、目の前の手伝い、病院への付き添いなどに気持ちを注ぐ。

 しかし、いくら家族がその問題を隠ぺいしても、いつかは“そのとき”がやって来る。「親が亡くなった」と届けを出せば当然、年金は打ち切りに。遺してくれた財産も早晩、底をつき、暮らしが立ち行かなくなる。そこで一念発起して仕事につければまだよいが、すでに40代、50代になっている場合、さらにその地域が都市から離れている場合、未経験者を雇用してくれる会社などはほとんどない。今さら何らかのスキルを身につけるというわけにもいかず、わずかなお金で食糧を確保しながら家に引きこもって暮らしている中年がたくさんいる、と地方の保健所職員から聞いたこともある。

 そういう人にとっては、こういった「両親の死亡を隠して年金受給」という事件はひとごとではないだろう。先の保健所職員によると、こういうケースでは住んでいる家が持ち家であることが多いので、生活保護の対象にならないこともあるのだそうだ。

 この先、高齢化が進むと親側も「都会での生活がうまく行かないから実家に戻りたい」と言う息子、娘の申し入れを拒むことがますますできにくくなる。口では「でも仕事はどうするの」と言いながら、心の中では「ありがたい」と「介護離職+Uターン」の子どもを歓迎してしまうのだ。もちろん、今回の容疑者のように結婚も就職もできないまま実家にとどまり続ける人もいる。これは介護離職とは違うが、考えようによっては「介護ニート」とも言えるのではないか。

 アベノミクスの新・三本の矢の中に、「介護離職ゼロ」という数値目標がある。介護施設を充実させ、年間10万人ともいわれる介護離職をなくすのが狙いだ。しかし早くも、「絵に描いた餅」「施設だけ作っても介護職員がいない」といった批判が殺到している。安倍晋三政権としてはこの方針で介護離職が少なくなれば、その人たちがバリバリ都会で働き、GDPの伸びにも寄与してくれる、というバラ色の未来予想図を描きたいのだろうが、話はそううまくいくとは思えない。

 今回の遺体遺棄事件が突きつける問題は深刻だ。もちろん、まず責められるべきは容疑者である長男だが、同時に今回の事件を生んだ社会的背景についても複数の視点から考えなくてはならない。それをせずに「新・三本の矢」などと言うのは、あまりにリアリティーが欠如しているのではないか。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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