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常識を疑え!

日本人人質事件から何を学ぶべきか?

香山リカ(医師)

 日本人が過激派組織「イスラム国」の人質になり、身代金などを要求されるという事件がついに起きた。なぜこんな事件が起きたのか。最大の理由は「過激派組織が存在するから」であることは言うまでもないが、ここは一歩踏み込んで考えてみたい。

 この事件が起こる前の1月16日、安倍晋三首相は中東歴訪のため、政府専用機で羽田空港を飛び立った。出発に先立ち、首相が記者団に語った言葉がテレビニュースや新聞で報じられた。「(訪問予定の4カ国・地域)首脳に対し、積極的平和主義のもと非軍事分野で強力に支援していく考えを伝え、地域の平和と安定に資する訪問にしたい」。訪問先にはイスラエルとパレスチナ自治区が含まれており、首相は双方に和平交渉の早期再開を呼びかけるなどして、中東外交に積極的に取り組む姿勢を示したのだ。

 この首相の言葉を聞いた人の中には、「頼もしい」と感じた人もいるだろう。首相は年頭の所感で「日本を、再び、世界の中心で輝く国としていく」というスローガンを掲げたが、和平交渉が日本のお膳立てで始まれば、まさにその一歩が踏み出されたことにもなる。

 しかし、たまたまそのニュースをテレビで見た私は、まったく別の感想を抱いた。安倍首相はこの言葉を誰に向けて発したのだろう。これから訪問予定の国々や世界に対してというより、むしろ国内の有権者やマスコミに対してだったのではないか。先ほど記したように、国民に「中東和平の懸け橋に! さすが」と思わせる効果を狙ってだ。アメリカや国連の働きかけでも難航している和平交渉が日本から来た首相のひとことで進み出す、などというのはどう考えても現実的ではない。

 ただ、いまの時代はいくら発する人が「国民向けメッセージ」と言っても、どこで誰が見ているかはわからない。ネットを介すればどんなメッセージも一瞬にして世界に拡散されるし、ツイッターには不十分ながらも翻訳機能がついており、リアルタイムで日本語もその国の言葉になる。「和平交渉の呼びかけ」という言葉に敏感に反応する人もいれば、形式的に「(中東)地域の平和と安定」と語った言葉を「イスラム国」などの過激派組織のように「自分たちを鎮圧するためにやって来るつもりだ」と“深読み”する人たちがいても不思議ではない。「日本語で言ったのだから国内の人しか見ていないだろう」「首相が外国訪問の際には“お約束”でこういうメッセージを発するものだ」といったこれまでの慣習を下敷きにした“不用意さ”は許されない時代となったのだ。

 この手の“不用意さ”は、ツイッターの匿名アカウントからの発信でさらに目立つ。中東の過激派組織を刺激したり、ナチスの蛮行を肯定したりするような発言をして、「日本語だから誰もわからないだろう」「ギャグのネタだからわかってもらえるだろう」と言う。しかし、いまはとくにネット上で発信されたものは、仲間内のルールが通じない人にまで瞬時にして伝わっている可能性があることは、十分に心しておくべきだ。

 もちろん、だからと言ってテロを繰り返す過激派にまで配慮して発言すべきだ、などと言うつもりはない。世界と連帯して卑怯なテロは許さない、という毅然とした態度を日本が取り続けるのは当然だ。誰が見ているかわからないからといって、萎縮したり発言を必要以上に控えたりする必要もない。ただ、ある態度を表明するにしてもメッセージを発するにしても、これまでとは異なる慎重さが求められるのは確かだ。

 では、どこまでの発言が許容範囲で、どこからが“不用意”なのか。今回の人質事件から私たちが学ぶべきことがあるとするならば、早急にその線引きを行わなければならないということなのではないだろうか。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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