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常識を疑え!

降圧剤「ディオバン」のデータ不正操作はなぜ大問題か?

香山リカ(医師)

 日本の医療の世界で2013年の最大の話題は、残念ながらiPS細胞のような新発見ではなかった。新聞などでも大きく報道されたが、それは「高血圧治療の降圧剤『ディオバン』の臨床研究データ操作問題」であった。この薬に関する臨床研究は日本では五つの大学病院で行われ、その結果が医学論文にまとめられたのだが、今年になって京都府立医科大学での研究には発売元の製薬会社「ノバルティスファーマ」の社員(当時)が身分を隠して加わっていたことがわかった。

 さらにその後の調査で、論文に記された血圧の解析データが、同社に有利なように操作されていたことも判明。そして、京都府立医大のみならず、少なくとも東京慈恵会医科大学などでデータの人為的操作が行われたことがわかっている。しかし、直接、データを不正に操作した人物は特定できておらず、同じくデータ操作の疑いが浮上している千葉大学に至っては、製薬会社の社員にはデータを触らせていないとしており、大学の関係者が関与した可能性もある。問題が発覚したのは13年の春から夏にかけてであり、それから半年以上が経過しても、いったい誰が、どういう目的でデータに変更を加えたのか、くわしいことは何もわかっていないのだ。

 医学論文は、医学雑誌に投稿された後、方法や実験・調査の手技、結果、考察などが匿名のジャッジによって厳密に査読され、内容が妥当とされた場合のみ雑誌に掲載されて、そこではじめて「論文として認められた」ということになる。学会に発表する場合もおおむね似たようなプロセスをたどるが、その基準は論文ほど厳しくない。口頭発表よりポスターを掲示するスタイルの発表はさらにハードルが低いと言われ、かつて「iPS細胞の臨床応用」というデタラメの発表で世間を騒がせた男はこれを狙った。

 ところが、いちばんハードルが高いはずの学術雑誌への投稿論文で、データの不正操作が行われていたのだ。もしそんなことが可能なら、行われていない実験や調査から架空の結果を導き出し、いくらでも論文に仕立て上げることが可能ということになる。論文のジャッジは、そこに記されたデータは事実として信用し、「本当にそんな結果が出たのか、生のデータを見せてもらえますか?」「本当に実験をやったのかどうか、そのときの写真を見せてください」などと確認することはまずないからだ。

 多くの医学研究者は、「データに手を加えるとは」と大きなショックを受けた。とくに患者さんに協力してもらっての臨床研究で虚偽のデータを提示するのは、基本的な倫理に抵触する。研究データの操作はカルテへのウソの記載と並んで許されないこと、と医師および医学研究者は新人の頃から厳しくたたき込まれており、ほとんどの人はそんな発想すらしないだろう。

 しかし、一度でも起きてしまうと食材偽装問題と同様、誰もが「ほかにも同じことがあるのではないか」と疑いたくなるのは当然だ。医学界も今回の不正操作問題の背景などをいまだに明らかにできていないこともあり、「今回は例外的な事態。ほかの調査や研究では不正は絶対ない」とは宣言できずにいる。「結局、これまで発表された医学研究の成果、とくにクスリに関係した研究ではねつ造、改ざんが無数に行われてきたんじゃない?」という世間の不信感が今後、広まっていくとしたら、それは早晩、臨床に携わる医師や薬剤師、人々が受けている治療への不信にもつながる可能性がある。

 安倍晋三首相は、アベノミクスの成長戦略で「医薬品の開発」を柱のひとつと位置づけているが、今回の問題がそれにマイナスの影響を与えることも危惧される。誰が、何のために、どのようなデータの操作を行ったのか。不祥事は本当に今回に限ったことなのか。徹底的な調査とその結果の開示が望まれる。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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