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常識を疑え!

反原発の声はなぜ届きにくいのか?

香山リカ(医師)

 先日、政府が6月末に提示したエネルギー政策「3つのシナリオ」をめぐって議論するテレビ番組に出演した。2030年までに原発依存度を「0%」「15%」「20~25%」のいずれかにする、というのがその「3つ」だ。このシナリオ作りに携わった政府関係者や学者のほか、討論には4人が参加したのだが、「0%」を選択したのは私ひとりだけだった。

「原発はもはやそれじたいが不安を生む存在」といった発言をしたものの、コストや国際競争力を数字を示しながら語る人たちとは、議論がほとんどかみ合わなかった。私は、「どうしてここまで話がすれ違うのか」と首をひねりながらスタジオを後にした。

 その番組の数日後、経営者が多く参加する会合に出る機会があったのだが、そこではこんな質問を受けた。「あなたは精神科医ですよね? なぜエネルギー政策を語る番組に出ていたのですか? その分野の専門ではないはずですが…」

 その質問を聞いて、私は謎が解けた気がした。多くの人、とくに経済界や政治の世界などで日本のリーダーシップを取る人たちは、いまだに「原子力発電などのエネルギー政策は経済や政治の問題」と信じているのだ。だから、そもそも私のようなそれを専門とはしない人間が登場して、生活者や精神科医の視点からものを言うことじたいが場違い、意味不明、と思っている人たちも多いのだ。だとしたら、話を聞いてもらえなくても、あるいは「はあ? 不安だとか生活が心配だとか、何のことだかわかりません」といった顔をされても、不思議ではないかもしれない。

 毎週、金曜日に首相官邸前で繰り広げられる反原発のデモを見て、野田佳彦首相が「大きな音だね」と言ったと報じられ、話題となった。首相が本当にその一言だけをつぶやいたのかどうかまでは、よくわからない。もしかすると前後に何らかの発言があり、その一部だけが抜き取られてひとり歩きしているのかもしれない。

 ただ、これは原発を維持しようとしている人たちを象徴するひとことであることは確かだと思う。彼らは原発を維持したいあまり、あえて反対派の人たちの意見を無視していると言うよりは、そもそもが「どうして原子力政策に携わっているわけでもない若者や女性が騒いでいるのだろう。原子力は発電技術のひとつなのに、なぜ命がどうだといった話になるのだろう」と反原発の動きじたいが感覚的に理解できていないのではないだろうか。

 もしそうだとしたら、両者の乖離はあまりにはなはだしく、同じテーブルにつくどころの話ではなくなってしまう。

 7月16日には主催者発表で17万人もの人が代々木公園に集まり、反原発を訴える「さようなら原発10万人集会」を開いた。90歳の瀬戸内寂聴さんも炎天下のステージに立って、大きな声でスピーチを行い、会場から大きな拍手がわき起こった。しかし、こういった場にたとえば原子力政策を守ろうとする立場の政治家や官僚、学者などがやって来て、その安全性や必要性を説明しようとすることはない。もちろん“針のむしろ”にあえてやって来ようとする人はそう多くはないだろうが、それでも「どうしても原発は必要なのだ」と心から思うのなら、まずはいちばん心配している人たちに対して説明する責任が政府にはあるはずではないか。

 ただ、もし冒頭で述べたように、原発維持を唱える人たちが、意図的に脱原発、反原発の人たちに会おうとしないのではなく、生活者がそのような主張をしていることじたいがまったく理解できていないのだとしたら、事態はかなり深刻だ。いや、もしかすると彼らは理解できないのではなく、無意識のうちに自分をもだまして、理解しないふりをしているだけかもしれない。そうであるなら、政府の提示する「3つのシナリオ」の議論には何も意味がないのではないか、と暗い気持ちになってしまうのである。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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